今次診療報酬改定で新設されたベースアップ評価料の算定について、労働法上の留意点を桂好志郎・社会保険労務士が解説する。厚生労働省のホームページにベースアップ評価料等の特設ページが開設されており、届出書類等をダウンロードできるので、参照いただきたい。
厚労省ホームページ特設サイト
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000188411_00053.html
1 定期昇給(定昇)とベースアップ(ベア)
一般に見られる昇給の形態は定期昇給(定昇)とベースアップ(ベア)からなります。
定期昇給とは一定の時期に、年齢や勤続年数の増加、職能資格等級の上昇、複雑・困難な職務への変更などに対応し、賃金表の上位のグレードにシフトすることにより賃金が増加されることを言います。
ベースアップとは消費者物価や生計費、企業業績、世間相場を考慮して、全労働者の賃金を一斉に引き上げるもので、通常賃金表そのものの書き替えを指します。
(注)「(この昇給の決定方法として日本に特徴的なシステムが、)毎年年度末に次年度の昇給額等について労使で交渉する『春闘』(春季生活闘争、春季労使交渉とも呼ばれている)である。全国一斉に行われる春闘によって、各企業に定期昇給とベースアップを含む来年度の賃上げの平均額(率)が決定され(例えば平均4,000円)、そこで決定された全体額を人事考課(査定)等に応じて各労働者に分配する(例えば査定が良い労働者には5,000円、査定が悪い労働者には3,000円)という形で、各労働者の具体的な昇給額が決定されることが多い」(水町勇一郎著『詳解 労働法』初版P.600、601)
2 定昇とベアの違いは
今、表1のような賃金表に従って賃金(基本給)を支給している場合で、2等級2号俸に格付けされている職員を考えます。
賃金表に従って195,140円の基本給を支給されていますが、「昇給」して3号に格付けされると、基本給は202,950円と7,810円増加します。これが定期昇給です。
一方、ベースアップは賃金表そのものが変わります。表2のように変わったとします。すると基本給は格付けは変わらなくても195,140円から197,230円に増加します。これがベースアップによる賃金の増加です。
さらに、ベースアップと同時に定期昇給して3号俸になったとすると、基本給は195,140円から205,040円に9,900円の増加となります。9,900円の増加のうち、古い賃金表における2等級2号俸から3号俸への増加分7,810円が定昇による増加分、2等級3号俸のベースアップによる増加分2,090円がベースアップ分ということになります。
3 「労働基準法等を遵守すること」
外来・在宅ベースアップ評価料( )の施設基準(7)
(1)労働者名簿と賃金台帳
以下は、研修医が急性心筋梗塞で死亡したのは違法な長時間労働によるものだ、などと遺族が告訴した事件で、病院が労基法違反の疑いで書類送検された際の報道です。
「…同大学では研修医について、法が定めた労働者名簿を作っておらず、賃金台帳にも記入が義務付けられている労働時間数などを記入していなかった」
使用者は事業場ごとに賃金台帳を作成しなければなりません。賃金台帳の記載事項(労基法第108条)は、表3の通りです。職員の労働時間の適正な把握と労働時間数(特に月給者)が記載されていますか。
(2)労働条件通知書と就業規則
労働条件通知書(雇入れ通知書)は労働基準法第15条、労働基準法施行規則第5条の規定により使用者は必ず労働者に交付することが義務付けられています。
就業規則は労働者の賃金や労働時間などの労働条件に関すること、職場内の規律などについて定めた職場における規則集です。事業場で働く労働者の数が常態として10人以上であれば、事業主は就業規則を必ず作成しなければなりません。この場合の労働者には、いわゆる正規職員の他、パートタイム労働者やアルバイト等全ての者が含まれます(表4)。
4 労働契約を変える場合には
職員が働いていく中では、賃金や労働時間などの労働条件が変わることも少なくありません。労働者と使用者が合意すれば労働契約を変更できます。事業場に就業規則がある場合は次のようになります。
使用者が一方的に就業規則を変更しても、労働者の不利益に労働条件を変更することはできません。
使用者が就業規則の変更によって労働条件を変更する場合は次のことが必要です。
その変更が以下の事情などに照らして合理的であること
●労働者の受ける不利益の程度
●労働条件の変更の必要性
●変更後の就業規則の内容の相当性
●労働組合等との交渉の状況
労働者に変更後の就業規則を周知させること
労働条件の変更をめぐってトラブルにならないように、使用者と職員で十分に話し合うことが大切です。労働契約の詳細は『医院経営と雇用管理2022年版』(保団連発行)を参照下さい。
【参考】
外来・在宅ベースアップ評価料( )の施設基準
(1)外来医療または在宅医療を実施している保険医療機関である。
(2)主として医療に従事する職員(医師および歯科医師を除く。以下、この項において「対象職員」という)が勤務している。対象職員は主として医療に従事する職員(『点数表改定のポイント24年6月版』P.741参照)であり、専ら事務作業(医師事務作業補助者、看護補助者等の医療を専門とする職員の補助として行う事務作業を除く)を行うものは含まれない。
(3)当該評価料を算定する場合は、令和6年度および令和7年度において対象職員の賃金(役員報酬を除く)の改善(定期昇給によるものを除く)を実施しなければならない。
(4)(3)について、ベア等により改善を図るため、当該評価料は、対象職員のベア等それに伴う賞与、時間外手当、法定福利費(事業者負担分等を含む)等の増加分に用いること。ただし、ベア等を行った保険医療機関において、患者数等の変動等により当該評価料による収入が上記の増加分に用いた額を上回り、追加でベア等を行うことが困難な場合であって、賞与等の手当によって賃金の改善を行った場合または令和6年度および令和7年度において翌年度の賃金の改善のために繰り越しを行う場合(令和8年12月までに賃金の改善措置を行う場合に限る)についてはこの限りではない。いずれの場合においても、賃金の改善の対象とする項目を特定して行う。なお、当該評価料によって賃金の改善を実施する項目以外の賃金項目(業績等に応じて変動するものを除く)の水準を低下させてはならない。
また、賃金の改善は、当該保険医療機関における「当該評価料による賃金の改善措置が実施されなかった場合の賃金総額」と「当該評価料による賃金の改善措置が実施された場合の賃金総額」との差分により判断する。
(5)令和6年度に対象職員の基本給等を令和5年度と比較して2分5厘以上引き上げ、令和7年度に対象職員の基本給等を令和5年度と比較して4分5厘以上引き上げた場合については、40歳未満の勤務医および勤務歯科医ならびに事務職員等の当該保険医療機関に勤務する職員の賃金(役員報酬を除く)の改善(定期昇給によるものを除く)を実績に含めることができる。
(6)令和6年度および令和7年度における当該保険医療機関に勤務する職員の賃金の改善に係る計画(以下、「賃金改善計画書」という)を作成している。
(7)当該保険医療機関は、当該評価料の趣旨を踏まえ、労働基準法等を遵守する。
(8)当該保険医療機関は、対象職員に対して、賃金改善を実施する方法等について、届出に当たり作成する「賃金改善計画書」の内容を用いて周知するとともに、就業規則等の内容についても周知する。また、対象職員から当該評価料に係る賃金改善に関する照会を受けた場合には、当該対象者についての賃金改善の内容について、書面を用いて説明すること等により分かりやすく回答する。
表1(単位:円)
等級 1号 2号 3号 4号 5号
1 152,240 157,080 162,800 169,180 177,800
2 186,560 195,140 202,950 210,760 218,460
3 226,160 233,750 248,820 259,490 268,180
表2(単位:円)
等級 1号 2号 3号 4号 5号
1 154,440 159,280 165,000 171,380 180,070
2 188,760 197,230 205,040 212,850 220,550
3 228,140 235,620 250,470 261,250 269,830
表3
賃金台帳(事業場ごとに作成)→記載事項→ 氏名
性別
賃金計算期間
労働日数
労働時間数
時間外労働時間数、休日労働時間数、深夜労働時間数
基本給、手当その他賃金の種類ごとにその額
賃金の一部を控除した場合はその額
[法則] 第108条、第54条、第55条、、第55条の2、、第59条の2
【罰則】第108条に違反して、賃金台帳の作成と必要な記載事項の記入を怠ると、30万円以下の罰金(第120条第1号)
表4
正規職員10名→作成義務あり
正規職員7名 パート・アルバイト3名→作成義務あり
正規職員2名 パート・アルバイト8名→作成義務あり