対抗軸を探る 2 佛教大学教授 岡﨑 祐司  PDF

少子化の要因は新自由主義改革による貧困の深刻化
社会保障費削減ではなく財政構造の転換が必要

 岸田政権の四つの主要政策の一つに、「安定財源の確保と予算倍増」を謳う「こども・子育て政策」がある。岸田首相は2023年4月のこども未来戦略会議で、「次元の異なる少子化対策」を打ち出した。6月には「子ども未来戦略方針」を閣議決定し、現在(12月)、当面の方針と政策をまとめた「『子ども未来戦略』案~次元の異なる少子化対策の実現に向けて~」(以下、「戦略案」)をめぐって与党との調整が行われている。「戦略案」では、「少子化は我が国が直面する、最大の危機」であり、加速している少子化のスピードに歯止めをかけなければ日本の経済・社会システムを維持することは難しく、インド、インドネシア、ブラジルに追い抜かれ国際社会における存在感を失うと政権なりに危機感を示し、これを反転させるのは2030年までがラストチャンスであるとしている。ただし、世論調査では岸田内閣の支持率だけではなく、「第3子からの大学授業料無償化」や財源政策への評価も低い。国民から高い支持を得ていない。
 少子化対策の評価が低いのは、岸田政権が初めてではない。出生率1・57ショック後の1994年のエンゼルプランや緊急保育対策等5カ年事業からいえば、この30年、数々の立法や対策は打ち出されたが出生率を上昇させるような効果を見せたことがない。「戦略案」は、①構造的賃上げと経済的支援の充実、若年世代の所得増②社会全体の構造と意識を変える③全ての子ども・子育て世帯のライフステージに応じた切れ目ない支援を政策の基本としている。その上で、2030年までの「加速化プラン」として、子どもの大学受験料の補助、児童扶養手当の所得制限の引き上げ・多子加算の増額、離婚後の養育費確保支援(弁護士報酬への補助)などが「こどもの貧困対策」として並んでいる。また、児童虐待防止や障がい児・医療的ケア児の施策も含まれる。
 「戦略案」は、子どもの医療や福祉・保育政策と「少子化対策」が理念的にも政策的にも整理されず羅列され、子育て支援施策をある程度拡充すれば出生率が上昇する(これ以上下がらない)だろうという発想で編成されている(そもそも「少子化対策」という政策発想と用語に問題があるのだが、ここでは触れない)。
 日本の少子化の本質的要因は、「出生率も大きく低下」させる日本社会の賃金・雇用や労働をめぐる諸問題の深刻化、貧困と生活困難の深刻化、結婚して子どもを産み・育て、仕事と生活のバランスを取りながら安定的に人生を歩む見通しが持てなくなっている社会的規制の弱さと生活保障政策の未確立にある。グローバル競争の中、日本の経済社会システムを大企業・大金融機関の利益を最優先に確保するための改革を強行し、異常な生き残り競争を一般化してきた新自由主義改革がもたらしたものである。
 ところが、社会構造を不問に付して、あくまで親が自分たちの所得でやりくりをして、子育てや他の支出に備える自己責任型生活を転換せず、経済的給付や部分的な無償化により補助的に支援する「戦略案」では、「出生率の低下」を止めることはできない。
 「支援」ではなく、子どもの成長・発達と子育ての条件を「社会的に保障する政策」に転換すること、人間らしい働き方を実現する労働政策、さまざまな問題に直面しても人生の見通しが持てる生活保障政策を構築することによって、出生率低下をくい止めること、深刻な労働問題や貧困・生活困難の解決につながる。
 さらに「戦略案」で欠けているのは、子どもの保健・医療、福祉・保育、教育に関わる専門人材の養成・確保の視点である。例えば、「こども誰でも通園制度(仮称)」も保育士の確保ができなければ、現場に大きな混乱と無理な労働をもたらすことにつながる。「月一定時間の利用可能枠」という利用制限の付いたこうしたオプション的な施策ではなく、乳児期から就学前までの子どもに親の就労の有無を問わず普遍主義に基づいて保育を保障し、生活上で何かあれば、365日どの時間帯でも一時的保育を可能にする保育システムを作り、保育サービスの普遍主義と公的保障に基づいて人材の養成・確保を政策化すべきである。通園支援ではなく、子どもへの保育の保障を追求すべきである。もちろん、この政策には障がい児・医療的ケア児を含めてである。
 「加速化プラン」に関して財源問題が話題になっている。国と地方を合わせ新たに年3兆6000億円規模の予算が必要とされ、2028年度には既定予算の組み替えで約1兆5000億円、社会保障費の削減で約1兆1000億円、2026年度から「支援金」制度で約1兆円を捻出するとしている。公的医療保険料に上乗せして段階的に徴収額を引き上げ、年間3兆6000億円のうち約1兆円を確保するとしている。国民医療費の削減や高齢者の医療・福祉の削減を少子化対策に回し、医療保険料に少子化対策財源を上乗せするなど、見通しのない場当たり的な財源措置であると言ってよいだろう。
 財源の確保には財政構造の転換が必要である。軍事力拡大、大企業の利益最優先政策・開発政策、大企業・富裕層優遇の税制、オリンピックや万博など祝祭資本主義のための支出、これらを止め、税の応能負担を再構築し、超富裕層のタックスヘイブンを阻止し、財政全体を福祉国家型に転換しなければ、「加速化プラン」すら実行は不可能である。
 今打ち出されている、こども金庫も結果的には財政制約(財源不足)に陥るだろう。それを見越し、「戦略案」には、「こども保険」あるいは「こども税」を示唆する記述―総合的な制度体系、一つの制度に統合、給付と負担の関係、国民に分かりやすい制度―(Ⅳ.こども・子育て政策が目指す将来像とPDCAの推進)がある。これは国民からの収奪を一層強め、国民の分断を招来する恐れがある。
 岸田政権における少子化対策の限界は、本質的には新自由主義政策の行き詰まりに由来しているのである。

岡﨑祐司(おかざきゆうじ) 佛教大学社会福祉学部教授。福祉国家構想研究会副代表。佛教大学大学院社会学研究科博士後期課程単位取得退学。専攻は福祉政策、医療政策、地域福祉論。主著:『老後不安社会からの転換―介護保険から高齢者ケア保障へ』(大月書店、2017年)、『安倍医療改革と皆保険体制の解体―成長戦略が医療保障を掘り崩す』(共著、大月書店、2015年)など。論文:「人間の生とケアの社会理論―ケア政策研究の前提として」、「社会福祉の公共性をめぐる課題」など。

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