鑑賞の間に絶景も味わう嵯峨嵐山「福田美術館」 辻 俊明(西陣)  PDF

 「小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば いまひとたびの みゆきまたなむ」(貞信公、880~949)。
 大堰川の向こうに見える山のあまりの美しさに、この言葉が思わず口をついて出たようです。小倉山は右京区嵯峨にある紅葉の名所。今日は福田美術館から紅葉の嵐山を眺めることにします。
 福田美術館は京都の美を発信するため2019年嵯峨嵐山に開設されました。江戸時代から近代の日本画を中心に企画展が開催されます。
 美術鑑賞の合間に気分転換を兼ねてドリンクや軽食、スイーツを味わう。嵐山の絶景も味わう。そんなミュージアムカフェが館内に設置されています。カフェからは大堰川を渡る屋形船が見えます。作品展示室に漂う静謐な雰囲気は通路を伝ってそのままカフェにも流れ込みます。美術作品が醸し出す美のエッセンスもカフェに流れ込み、一杯のコーヒーに溶け込んで特製のブレンドコーヒーが出来上がります。窓越しの風景から渡月橋の光景だけが切り取られ、想像の中で一枚の絵画に変貌し、新作の風景画が誕生することも。ここでは全てがアートになります。目の前に現れては消える無常の事象はアートという名の無限の価値に転換するのです。
 里山、なんとなく懐かしくて風景や風の匂いまで感じられそうな言葉です。夏は蝉取り、秋には落ち葉を集めたりと人々の身近にあって心和む風景。半世紀前まではごくありふれたものでした。しかし今でも、都会で生まれ育った人でさえ里山という言葉を聞くだけで、懐かしい思いが湧いてきます。この言葉には特別なエネルギーがあるのでしょう。暮らしの中で気持ちに余裕をなくした人が、ひととき立ち止まり、心の中で里山を思うとき、新しい価値観に気付いて人生を一から立て直す。里山にはそんな不思議な力が宿っています。身近にある美しい京都の景観、何度も訪れたことのある嵐山、これらは決して粗末に扱ってはいけない日本人の心の原風景、里山なのかもしれません。

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