「新しい資本主義」が目指す経済安保
医療・福祉予算の圧縮に向かう
「新しい資本主義」という言葉は、岸田文雄首相が自民党総裁選挙に出馬した際に政権公約として打ち出したキャッチフレーズである。その時には、新自由主義や「アベノミクス」を批判し、「成長から分配へ」と舵を切ることを明快に宣言し、菅義偉前首相の何も語らない暗いイメージを刷新する人物と報じられた。
ところが、総裁選挙で安倍派の支持を得るために、岸田首相の「アベノミクス」批判はトーンダウンし、その後も「アベ政治」の根幹を変えないまま現在に立ち至っている。
他方で、「新しい資本主義」の内容は、国会での施政方針演説や所信表明演説を見ると、どんどん変わってきている。2023年の通常国会では、「新しい資本主義」の目標のトップにきたのは、「分配」でもなく、環境問題などの「社会的課題」でもなかった。なんと、「経済安全保障」であった。それは、岸田演説によると「労働コストや生産コストの安さのみを求めるのではなく、重要物資や重要技術を守り、強靭なサプライチェーンを維持する経済モデル」をつくることを意味した。
その背景にはバイデン米大統領からの要請に応えて「安保3文書」を改定し、敵基地攻撃能力を有する防衛力の強化を図ることを閣議決定したことがある。台湾有事を想定し、5年間に43兆円の防衛費を確保するとしたのである。
「経済安保」は軍事的安全保障の強化を目指す「大軍拡」に留まらず、国民生活や自治体、医療機関にも大きな影響をもたらすものである。あまり知られていないことだが、岸田政権は、2022年春の通常国会で経済安全保障推進法を成立させ、政令などで具体化を図ってきている。
同法の準備は安倍政権の時代から始まり、元国家安全保障局長の北村滋氏と自民党の甘利明氏が中心となって進めてきた。コロナ禍での半導体不足、そしてロシアによるウクライナ侵略を機に、いざというときの「重要資源」の開発、生産、供給体制をつくるために、内外の防衛産業(情報システム企業も含む)への支援とともに、情報流出の防止を口実にした研究者や家族の行動監視、道路や発電所などのインフラの管理体制を強めてきている。当然、医療機関もその影響を受けることになる。
ちなみに、北村氏は安倍政権から菅政権にかけて国家安全保障局長を務めて、特定秘密保護法、経済安全保障推進法、重要土地利用規制法に関与し、日本学術会議会員任命拒否にも関わった人物である。
政府はすでに、法に基づいて、 特定重要物資のサプライチェーンの強靭化 基幹インフラの安全性・信頼性の確保 官民技術協力(半導体、宇宙、量子、AIなどでの軍民両用技術の開発促進) 機微技術の特許非公開という4分野での基本指針を決定している。
ちなみに、岸田政権は台湾企業の半導体工場を熊本県に誘致するために5000億円弱の補助金支出を決めた。各地の半導体工場誘致にも軒並み5000億円から1兆円近くの補助金を予定している。「経済安保」名目での巨額の国費投入が幻想を振りまきながら行われているが、それらの工場が仮に軍事的なものであれば、立地地域は軍事標的になる点を忘れてはならない。
併せて、岸田内閣は、「非平時」の下で国家による地方自治体の指揮権を強める地方制度改革も検討中である。かつての国家総動員体制を想起する動きである。
このような戦時体制づくりと「経済安保」予算の確保のために、増税や各種国民負担の増大と、医療・福祉予算の圧縮が予定されているのである。つまり、国民や医療機関の負担が大きくなり、戦争の危機が深まることだけは明らかであろう。
戦後の憲法と地方自治の理念と実体をしっかり守り、生かすことが求められている。
岡田 知弘(おかだ ともひろ) 1954年富山県生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。京都大学名誉教授。福祉国家構想研究会共同代表、前自治体問題研究所理事長。近著に『私たちの地方自治―自治体を主権者のものに』(自治体研究社、2022年)、『デジタル化と地方自治―自治体DXと「新しい資本主義」の虚妄』(共著、自治体研究社、2023年)など。