万が一の時にそなえて!医療訴訟の基礎知識 vol.9 元裁判官が解説します 元大阪高等裁判所部総括判事 大島 眞一  PDF

療養方法の指導に関する義務
「何かあれば受診を」だけでは不十分

1 はじめに
 今回は、医師が患者に対して説明する「療養方法の指導」について考えてみます。
 医師の患者に対する説明は、医師が行う治療に関するものに限られるわけではなく、患者に対する療養方法の指導にも及ぶものです。
 療養方法の説明としては薬の服用方法や通院に関する説明などで、訴訟で争われることが多いのは、「どのような症状が現れると医療機関を受診する必要があるか」という説明です。
 今回紹介する最高裁判所平成7年5月30日判決(判例タイムズ897号64頁)は、退院時における医師の療養指導に過失があるとしたものです。
2 事案の概要
 Aは、Y医師の経営する産婦人科医院において昭和48年9月21日に第3子Xを未熟児の状態で出産しました。Aは、第1子、第2子とも出産時に黄疸が出ており、第3子であるXに黄疸が出ることを不安に思っていました。
 Xは、生後4日を経た頃から黄疸が認められるようになり、同月27日のイクテロメーターの測定値は2・5でしたが、その後退院するまで黄疸は増強することはなかったものの、消失することもありませんでした。その際Y医師はAに対し、「黄疸が遷延するのは未熟児だからであり心配はない」旨の説明をしていました。
 Y医師は、同月30日にXを退院させましたが、退院に際して、Aに、「何か変わったことがあったらすぐにYあるいは近所の小児科医の診察を受けるように」との注意を与えましたが、黄疸について特に言及しませんでした。
 Xは退院後の同年10月3日頃から黄疸の増強と哺乳力の減退が現れましたが、Yから心配はない旨の説明を受けていたこともあり、AがXを病院に連れて行ったのは同月8日になってからでした。
 その病院でXは核黄疸の疑いと診断されて交換輸血が実施されましたが、すでに手遅れの状態でした。そのため、Xは核黄疸の後遺症として脳性麻痺となり、強度の運動障害のため寝たきりの状態となりました。
 Xとその両親が損害賠償を求めましたが、地裁、高裁ともY医師の過失を否定し、Xらの請求を棄却しました。Xらは最高裁に上告しました。
3 最高裁の判断
 最高裁は次の通り述べて、高裁判決を破棄し、高裁に差し戻しました。
 「Xが未熟児であったこと、生後10日目の退院時にも黄疸がなお残存していた上、退院時の体重は2100グラムしかなかったこと、母親には『黄疸が遷延しているのは未熟児のためであるから心配ない』旨の説明をしていたことなどの事情がある本件では、Xを同月30日の時点で退院させたことが相当でなかったとは言い難いとしても、産婦人科の専門医であるY医師としては、退院させることによって自らはXの黄疸を観察することができなくなるのであるから、Xを退院させるに当たって、看護するXの両親らに対し、Xの黄疸が増強することがあり得ること、黄疸が増強して哺乳力の減退などの症状が現れたときは重篤な疾患に至る危険があることを説明し、黄疸症状を含む全身状態の観察に注意を払い、黄疸の増強や哺乳力の減退などの症状が現れたときには速やかに医師の診察を受けるよう指導すべき注意義務を負っていたというべきである。Y医師は、Aに対し、黄疸について特段の言及をしないまま、『何か変わったことがあれば医師の診察を受けるように』との一般的な注意を与えたのみで退院させているのであって、Y医師の措置は、不適切なものであったというほかない」
 差戻し後の大阪高裁平成8年12月12日判決(判例時報163号76頁)は、Y医師の過失を認め、Xおよびその両親に損害賠償金として総額約6400万円を認めています。
4 説明
 核黄疸は、生後間もない新生児にとって、罹患すると死に至る危険性が大きく、重症例では脳性麻痺などの後遺症を残す可能性が高い疾患です。そのため、初期症状である筋緊張の低下、哺乳力の減退などの症状が現れた段階で交換輸血などを実施する必要があるとされています。
 本件では、新生児が退院後に核黄疸に罹患したというものですが、退院時にすでに軽度とはいえ、黄疸が残存している場合には、「何かあったら医療機関に行くように」という一般的な説明ではなく、黄疸が増強して哺乳力の減退などの症状が現れたときは重篤な疾患に至る危険があることを説明し、速やかに医師の診察を受けるように指導すべき注意義務があるとしたものです。
5 療養指導義務
 療養指導義務は、医師法23条(医師は、診療をした時は、本人またはその保護者に対し、療養の方法その他保健の向上に必要な事項の指導をしなければならない)に規定されています。
 医師は患者を退院あるいは外来診療後帰宅させる際には、患者や家族に経過観察を委ねることになります。一定の症状があれば、重大な疾患に至る可能性があったり、早急に医師の診察を受ける必要がある場合には、医師はその旨を具体的に説明する必要があるといえます。
 その場合の説明は、患者の現在の状態から考えられる病態、症状の観察方法、症状が生じた場合の措置(受診や搬送など)について、患者や家族が実行できる程度に具体的であることが求められます。
 本件のように単に「何かあれば医療機関に行くように」という一般的な説明にとどまった場合には、Aが取ったように、一定の症状が出てもしばらく様子を見るという対応を取る可能性を否定できず、説明内容として不十分であるとして説明義務違反になる可能性が高いといえます。
 他にも、例えば、救急受診した外傷患者で、経過などからして重大な疾患である可能性を否定できないが、軽症である可能性が高い場合、とりあえず患者を帰宅させるような場合にも当てはまります。この場合も、どのような症状が現れると病院を受診しなければならないかを具体的に説明する必要があるといえます。
 通院患者が処方されて服用する医薬品についての副作用に関する説明なども同様で、重大な悪い結果が生じる可能性がある場合には、その旨を具体的に説明する必要があります。
6 まとめ
 退院したり、通院すれば足りると言われた患者は、一安心ということになります。その際、可能性が低くとも重大な疾患になる可能性がある場合には、医師としては患者やその家族に対し、いかなる症状が現れると受診する必要があるかについて具体的に説明することが求められているといえます。

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