7月30日開催の第76回定期総会で、京都外国語大学国際貢献学部グローバル観光学科教授のジェフ・バーグランド氏を講師に講演会を開催した。以下、概要を紹介する。
日本に来て、別世界に来たと感じた瞬間
私が1969年にアメリカから初めて日本に来て食べたのが朝食でした。畳に座って正座をするのもあぐらをかくことも、お箸を使うことも初めてでした。白いご飯も、味噌汁も、生卵も、ジャコも食べたことがなく、本当に別世界に来たと思った瞬間でした。食に関することは全て分からなかったので、旅館の人に一つずつ「これは何ですか」と教えてもらいました。そこに小さな赤い丸いものがあり、それが何か聞いたところ「チェリー」と言われたので、デザートに取って置いて最後に食べたら、甘くなく「これは食べ物なのか!」と本当に驚きました。それがさくらんぼに見えた梅干しです。
今日は文化についてお話しします。文化と聞いて何が浮かびますか。建築、言葉、創造…、人間が作ってきたもの全てが「文化」です。その中で医療現場にも関係の深い「国」「ジェンダー」「年齢」「専門家」「障がい者」の5つの文化についてお話しします。
患者は自分とは別世界の文化を持つと認識
まず自文化と異文化の違いを体験してもらいます。皆さん、両手を組んでみて下さい。右の親指が上か、左の親指が上かを見てみると、右利きか左利きかに関係なく、だいたい半々に分かれます。これが皆さんにとっての自文化で、どちらかが正解ではなく、どちらも正解です。自分の文化を肯定的に見ることは非常に大事なことです。自分が当たり前と思っていることが常識や価値観で、その常識や価値観が違うのが別世界のカルチャーです。
次に異文化を体験してみましょう。先程の手とは反対に組んで下さい。予想通り、1回目は誰も自分の手を見ずに組んでいましたが、今、半分以上の人が自分の手を見て組んだと思います。このように、異文化・別世界には自分が目を向けないといけません。そこに意識が働いて、自分とは違うという認識が生まれます。ですから、医師も患者とは別世界のカルチャーを持つ人間だと思って接しなければいけないのです。
外国人の患者にとって、医療の雰囲気全体、医者のかかり方、支払い方法、全てが違うので不安になります。入院となると食事の問題も出てきます。宗教上食べられないものもあります。ユダヤ教は豚肉や貝類は食べられません。食肉処理の仕方によって食べられないものもあります。イスラム教も豚肉は食べられません。ハラルで食肉処理されたものしか食べられません。果物も木から摘む時にお祈りをしないといけないのです。ヴィーガンは動物性のものが食べられません。鰹節で取った出汁も駄目です。日本人の感覚ではこの程度なら分からないから大丈夫と思われるかもしれません…。
「国」文化は、言葉だけでなく、あらゆるものの価値観や常識が違います。私は20歳の時に日本に来て、生まれて初めて傘をさしました。なぜ傘を差したことがなかったかというと、故郷は海まで2500㎞も離れており、ほとんど雨が降らないところだったからです。日本に来たのは6月の梅雨時で、空気が違いました。羽田空港に降り立った時に、空気がべたつくと感じました。
日本人は世界一コミュニケーション力がある
日本に到着した日の朝食後、同級生は皆疲れたと言って旅館に残りましたが、私は一人で出かけました。電車に乗った時に、サラリーマン風の男性が立ったまま本を読んでいる姿を見て驚きました。揺れた電車の中でよく読めるなと思ったものです。その人の傘が前に座っている人の足下に倒れた時、これは喧嘩になるだろうと思ったのですが、なんと、座っている人の咳払い一回で、立っている男性は「すみません」と傘を引っ込めたのです。たった一回の咳払いでです。
日本人は世界一のコミュニケーション力があると思います。これは受信者責任型コミュニケーション(ハイコンテクストコミュニケーション)で、受信する側が必要なことを理解しなければいけません。言葉を重視せず、言葉の周辺の情報を重視します。どの異文化コミュニケーションの研究者も日本人はこの形のコミュニケーションは世界一だと認めています。
アメリカは世界一の発信者責任型コミュニケーション(ローコンテクストコミュニケーション)です。日本のコミュニケーションはいわゆる、「一を聞いて十を知る」文化です。アメリカの文化は、日本語であえて言うならば、「十を言って一を知らせる」ということになるでしょうか。
だからこそ、医療者は当たり前と思っていることでもたくさん言葉にして患者に伝えなければいけないのです。世界の多くの人は発信者責任型のコミュニケーションです。日本人にとって、これが一番大きな隔たりだと思います。
男性型は「せやけど」
女性型は「そやな、分かるわ」
次に「ジェンダー」文化です。これは常に医療現場で大事なことです。今回はLGBTQ+のことは置いておいて、単純な男女で考えます。
男性型コミュニケーションと女性型コミュニケーションがあります。男性型コミュニケーションはセパレイティングで、男性は生まれた時から母親から自立するように求められています。男性は離れる文化が基本になりますので、「せやけど」を頻繁に使います。
これに対して、女性型コミュニケーションはコネクティングで、女性は母親と一緒に過ごす、つながる文化です。ですので、女性は「そやな、分かるわ」を使います。しかし、男性でも女性でも人は両方を使い分けることができます。
世界では年齢を気にしない国が多い
次に「年齢」文化です。日本語に「先輩」「後輩」という言葉がありますが、私はこの概念を日本に来て初めて知りました。英語で「Do you have any broth-ers or sisters?」「Yes, I have one brother and one sister.」という会話がありますが、日本語では「兄弟が一人と姉妹が一人」とは言わず、兄、弟、姉、妹というように年上か年下かを区別して答えます。でも、世界には年齢を気にしない国が多いです。最近、アメリカでは履歴書に生年月日を書かないことが増えてきています。年齢差別につながるという発想からです。代わりに大学の卒業年を書くので、だいたいの年齢は予想できます。
日本に来て驚いたのは、銀行強盗を伝えるニュースに「79歳、無職の男性」と書いてあったことです。この年齢で無職は普通なのに、あえて「無職」と書いていることにも驚きました。特に日本人は相手に年齢をよく聞きますが、世界ではプライバシーに当たります。例えば、日本で「年収はいくらですか」と聞いたら何てことを聞くのかと思うでしょう。その感覚です。日本は、自分に近い年齢かどうかをはっきりさせるために、年齢を聞くのでしょう。
医療者も患者も言葉で伝えることは難しい
最後に「専門家」「障がい者」文化についてです。医療現場では専門知識を患者や一般の人にどう伝えるかが問題になります。コロナ禍でも大変だったと思います。一般の人にどう伝えたらよいのでしょうか。医療者は専門知識を活かして仕事をしていますが、患者は医療者には持っていない知識を持っています。それは患者自身の内面状態です。一般的にこの病気はこのような傾向にあると分かっていても、実際に患者本人がどう感じているかは患者本人しか分かりません。これをどう伝えていくのかが問題になります。
患者自身が外国人であれば言葉の問題もあります。日本人であっても、例えば耳が不自由な人だったらどうでしょうか。これから高齢化が進み、認知症などで言葉で説明できない人も多くなってきます。でも忘れてはいけないのは、患者は自分のことを一番知っているということです。
違和感を楽しんでコミュニケーションを
帯(Observe Borrow Integrate)を締めてコミュニケーションを取らなければいけません。相手をしっかり観察して、相手の常識や価値観を借りて、相手のものの見方で見る。そして自分自身が人間として成長する、新しい価値観を覚えることが大事だと思います。別世界のカルチャーは違和感があるものですが、皆さんにはその違和感を楽しみながら医療現場で頑張ってもらいたいと思います。
【Jeff Berglund】
米国南ダコタ州出身。1969年同志社大学に留学。翌年、カールトン大学を卒業、9月から同志社高校に就職。大手前女子学園、帝塚山学院大学教授を経て、 2008年京都外国語大学教授に就任、現職に至る。同志社高校での教師歴22年の経験と、 大学での指導は30年以上のキャリアを誇る。専門は異文化コミュニケーション。趣味は掃除・お皿洗い・尺八・ジョギングなど。京都在住53年、京都国際観光大使。江戸時代後期に建てられた京町家に暮らす、日本の文化を愛する一人。現在、NHK『京コトはじめ』、 KBS京都『サニータイム』などに出演。主な著書に『日本から文化力~異文化コミュニケーションのすすめ~』『受ける日本人繋がる日本人―いま、世界に伝えたい受信力』等。