協会は5月20日、医療安全講習会「採血による神経損傷はだれの責任?~合併症?医療側の責任?~」をウェブ開催した。第一部では、名古屋大学大学院医学系研究科・医学部医学科個別化医療技術開発講座特任教授の平田仁氏が医学的な面から、第二部では仁邦法律事務所所長の桑原博道氏が法的な面から、採血による神経損傷についてそれぞれ講演した。本講習会には、全国の保険医協会・医会会員医療機関から452人が参加した。
第一部で平田氏は、採血事故でしばしば診断される、複合性局所疼痛症候群(以下、CRPS)について、次のように解説した。CRPSは骨折や打撲などの一般的な外傷によって発症するタイプⅠと、神経損傷によって発症するタイプⅡに分けられ、CRPS患者のほとんどがタイプⅠで、タイプⅡは非常に稀である。医原性神経損傷の患者はCRPSを発症しているのではなく、神経障害性疼痛が遷延しているケースが多い。CRPSタイプⅡの診断は、明らかな運動麻痺あるいは感覚障害を伴っており、起因する神経損傷の存在が明白な場合にのみ考慮すべきであるとした。
次に、CRPSはアロディニアや情動異常など多様な症状が出現することから精神的な疾患だと主張する人もいるが、脳機能解析の結果から、CRPS患者は脳内の疼痛を認知・抑制するシステムに機能的な異常が生じていると説明した。また注射後、時間が経過してから痛みが出現し遷延化したケースでは、注射によって生じた組織の小さな炎症が脳に可塑的な変化をもたらしていると考えられると述べた。
さらに、手根管症候群の脳機能解析結果や、実際の末梢神経と静脈の位置関係についても解説した。
続いて第二部で桑原氏は、2011年の岡山地裁判決の一部を引用し、「静脈注射により正中神経が損傷されたとすれば、特段の事情がない限り医療従事者の義務違反を推認することができる」との考え方が現在の裁判でも尾を引いていると述べた。したがって、裁判で「正中神経損傷」との診断が認められると、医療機関側の過失と判断されやすい傾向にあると説明した。自身が担当した事案の中には、カルテに運動障害や知覚障害の記載がないにもかかわらず、診断書には「正中神経損傷」と記載したり、単一の神経障害では説明できない症状があるだけで「CRPS」と診断しているケースが散見されており、厚労省の判定指標にのっとり、症状との整合性をもって診断してほしいと述べた。
また、事後対応の留意点として、安易に治療費の減免を行うと患者側は医療機関が過失を認めたと誤解し、休業補償などさらなる金銭の要求につながる可能性があるため、十分気を付けて対応してほしいと参加者に呼び掛けた。
本講習会の模様は、期間限定で協会ホームページで配信している。左記QRコードより視聴いただき、医療安全研修にご活用いただきたい。