人事という難問
原 昌平 (ジャーナリスト)
業務や活動を継続的に行う組織にはリーダーが欠かせない。大きくなると中間の幹部も要る。判断、指揮、運営の権限を持ち、責任を取る。
だが、トップや幹部になるのは、はたして能力の高い人か、業績の向上や組織の発展を本当に願っているのか。
ここからは、私とは関係のない某新聞社の話。
ある編集局長は、司法畑で鳴らしたが、局次長になって東京出向を経た頃から、原稿や企画に細かくケチをつけ、世の中を動かすような記事は載せなくなった。
好き嫌いで部下の人事を決め、後任になりそうな後輩は遠方へ栄転させた。若手以外の部下の活躍にはジェラシーを抱くらしく、ベテラン記者が書いた大きな記事から署名を外させたりした。
その後任は、自分の考えを語らず、新しいことを何もしない人。当たり障りのない記事ばかりの紙面が続いた。
もっと前の編集局長は、いつまでも警察担当の感覚で、行政のことがわからない。地方の支局長だった時の部下たちを人事で引き立てた。
そのお陰で局次長になった人物は、上には茶坊主、下には強権。早々と関連会社の社長に栄転したが、重大なパワハラを起こして退職した。
別の幹部は憲兵とも呼ばれ、社員の管理、締め付けに精を出した。元社長の息子で、昇進を重ねた人もいた。
男性中心だからいけないのか。ある女性記者は、社内で気に入らない人がいると、あることないこと、陰口を幹部に吹き込んだ。男性編集局長との特別に親密な関係は有名で、異例の昇進をした。
民間会社の次の社長は、社長か社内の最高実力者が実質的に決めることが多い。社長は幹部の人事を動かす。
要するに、組織の上にいる人間が、下の人事を決める。すると幹部に選ばれるのは、上の人間が気に入った人物。
若いうちは能力や実績が重視される。しかし中間段階からは、いくら能力や実績があっても、上の言う通りにしないと昇進しなくなる。異論を唱えると、冷遇されたり飛ばされたりする。
出世しやすいのは、ごますり能力の高い人間。そういう人物は、下は従うのが当然、人事は自由と考えていて、上に立つと権力をふるう。
成果や達成よりも、人間関係や地位が関心事。いったん高い地位につくと、責任を取らずに済むよう、リスクを避ける。つまり保身に走る。
自分の後任が自分より成果を上げたら自分の評価が下がるから、優秀な人間が後任にならないように仕向ける。
企業だけではない。官庁や自治体の公務員は、役職や序列を民間以上に気にする。学校法人、医療法人、社会福祉法人も世襲や陰の権力者が多い。労働組合の役員も御用組合なら出世コース。政党や社会運動団体でも、根回しや密室で決まるケースが目立つ。
人事は、理由の明確な説明が要らない点が特殊だ。改善策は何か。日常の指揮監督と人事の権限を分けるのか、上下左右からの人事評価か、転職の容易な社会にするのか、選挙にすれば解決するのか。
人類がなかなか解けない難問かもしれない。