医師が選んだ医事紛争事例 172  PDF

やむを得なかった事故と判断された事例

(80歳代後半女性)
〈事故の概要と経過〉
 患者は本件医療機関に誤嚥性肺炎の発症と心不全症状の増悪のため入院した。本件医療機関は患者に対してベッド柵3点・離床センサーの設置、車椅子座位時の安全ベルト装着で対応した。入院から約3カ月後、いつものように患者が尿意・便意を訴えたためベッドサイドにポータブルトイレを設置し、担当看護師が見守っていたが、別の患者からのナースコールのため声かけ注意してその場を離れた。その後、患者の叫び声がしたので担当看護師が駆けつけると、トイレ中のはずだった患者が部屋の前の廊下で尻餅をついているのを発見した。その後、診察の結果、右大腿骨転子部骨折と診断された。なお事故当時、患者は、排泄行為やトイレからベッドへの移動は自力でできたが、ナースコールを理解できず、押すことはできなかった(長谷川式テスト7/30点)。また、担当看護師はトイレ中の患者から計2回、一時的に離れていた事実が判明した。
 患者は診断から3日後に、全身麻酔下でガンマネイルとラグスクリューを用いた観血的骨接合術を受け、その後のリハビリテーションの結果、歩行可能となって退院した。
 患者側は、医療機関側の管理責任を追及した。
 医療機関側は、担当看護師はナースコールによって患者から離れざるを得ない状況であった。また事故当時、病棟は満床の状態で看護師2人と介護福祉士1人がいたが、それぞれ患者に対応しており3人とも手がふさがっていたとして、この時の患者の立ち上がり移動への管理責任はないとした。
 紛争発生から解決まで約3年3カ月間要した。
〈問題点〉
 患者が転倒する可能性があることは医療機関側も十分に予見していたが、今回のケースを個別具体的に見ると、完全に事故を予防するためには、担当看護師が他の患者のナースコールを無視してでも患者を見守り続けるしかなく、これは現実的ではない。したがって、やむを得なかった事故として医療機関側の過誤は問えないと判断された。
〈結果〉
 患者側に医療現場の現状と限界を根気よく説明したところ、当初は納得がいかない様子であったが、時間の経過とともに、患者側のクレームが途絶えて久しくなったので、立ち消え解決とみなされた。

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