医師が選んだ医事紛争事例 171  PDF

安易に賠償せず、まずは慎重な調査を

(70歳代後半男性)
〈事故の概要と経過〉
 患者は、約1年前から腰部変形性脊椎症のため腰部硬膜外ブロックを本件医療機関で受けていた。腰部硬膜外ブロックを終えた後、患者は首を寝違えて痛いと訴えたため、リドカイン1mlを、C6~C7の高さのレベルで、正中から3~4㎝離れた左僧帽筋に下向けに刺入してトリガーポイント注射を実施した。患者は約25分後に独歩で帰宅した。ところが4日後、患者は四肢の脱力感を訴え、家族の介助歩行により来院。ハイドロコートンR600㎎を投与して帰宅となった。しかしその2日後の来院時にも脱力症状が継続していたため、さらにハイドロコートンR600㎎を投与した。同日、患者の強い希望によりA医療機関に入院し、CT・MRI検査の結果、ギランバレー症候群が疑われた。患者はA医療機関の入院から約2週間後にB医療機関に転院し、頚椎症性脊髄症と診断され、頚部脊柱管拡大術を受けた。術中所見は「硬膜外血腫なし、硬膜損傷なし、髄液漏なし。通常の頚椎症性脊髄症の所見以外の特記すべき所見なし」であった。
 患者側は首へのトリガーポイント注射によって四肢の脱力症状が発症したとして当初、医療費のみを請求していたが、最終的には弁護士を立てた。
 医療機関側としては、注射針が脊柱管に入ったとは考え難いが、過誤の有無については判断がつかなかった。しかしながら、患者の態度が極めて強くなってきたので2回にわたり、金銭を支払った経緯があった。
 紛争発生から解決まで約3年6カ月間要した。
〈問題点〉
 B医療機関の術中所見から、トリガーポイント注射と患者の四肢脱力の因果関係は否定できる。また、診断・適応・手技ともに問題は認められず、四肢脱力は患者の素因と判断できる。したがって医療過誤は否定された。また、患者に金銭を支払った後も、患者は弁護士を介して改めて医療機関側を問責してきており、独断で金銭を支払い紛争拡大した典型例と言えよう。道義的責任は別として、賠償責任の有無・程度は速断せずに協会に相談するなど慎重な対応が必要である。
〈結果〉
 最終的には患者側弁護士から、患者が死亡した事実を知らされるとともに患者(遺族)側はこれ以上の賠償請求の意思がないことを確認した。

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