高血圧で通院されているOさんが、心配そうに診察室に入ってこられた。
「先生、市役所の保健師さんが、わざわざ、これを届けに来られたのです」
「この間の肺がん検診の結果ですね」
「すぐに病院に行って下さいと言われたのです。心配で、心配で」
当地区の肺がん検診は、保健センターで実施されている。先日から始まったばかりなのに、結果通知が迅速すぎる。しかも、わざわざ市役所の保健師が届けに来たと言う。私も京都府医師会肺がん検診委員や一次読影委員をしたことがある。明らかな肺がんの場合には、2次読影に回すことなく結果をただちに受検者に通知することになっている。Oさんの場合には、このケースにあたると思えた。
胸部レ線で異常を指摘されたようで、厳封された封筒の中にはCDが入っている。極めてわずかでも肺がんを疑うE1判定となったようである。
「先生、どこが悪いのか封筒を開けて見て下さい」
「診てあげたいのですが、行政の肺がん検診では精密医療機関でないと、診てはいけない規則になっているのです。封筒を開ける訳にはいかないのです」
「一緒に入っている精密医療機関リストの病院に行かなければならないのですね」
「近くの病院の呼吸器外来を紹介しますね」
地区の基幹病院の呼吸器外来を紹介しようと予約用紙をファクスした。しばらくして、病院の地域連携室から電話があった。
「先ほどファクスをいただいた呼吸器外来なのですが、2週間先まで予約が入らないのです」
「うーん。今、市でしている肺がん検診結果が早速に届いて結果が悪いみたいなのです。どうにかならないですか」
「そう言われても」
不安がっているOさんを目の前に2週間待って下さいと言うのは酷である。胸部レ線で異常影を指摘されているのだから、精密医療機関の放射線科で胸部CTを撮ってもらって存在診断をしてもらおうと考えた。それなら、精密医療機関でないとE判定者の検査をしてはならないとの規則破りにはならないはずである。
「呼吸器外来が無理なら、放射線科で胸部CT検査の予約を早急にお願いできますか」
「ちょうどキャンセルがあったので、明日の午前9時半からはいかがですか」
Oさんも、早く結果が知りたいとのことで、まず放射線科に紹介することとした。
これまで、肺がん検診は間接撮影で実施されていた。そのため検診で精密検査となっても、かかりつけ医で直接撮影を受けて異常なしと診断されることがあった。そのような事例で数年後に肺がんが発見されて見落としとして問題となるケースが稀ながらあった。そのために、肺がん疑いのE判定症例は、胸部CT検査や気管支ファイバーで最終診断のできる精密医療機関でないと取り扱えないようになっている。
翌日、CT検査の結果を持ってOさんが受診された。
「異常ないと言われました」
「そうなのですか。よかったですね」
「本当にびっくりしたのです。これで人生も終わりかと思いました」
持参された放射線科のレポートには、CDに収載されている胸部レ線も参照したが、その胸部レ線で指摘された右肺門部にはCT検査で異常がないとあった。異例なこととは思いながら肺がん検診委員会には、放射線科のレポートを添付して当院から報告することにした。
肺がん検診が間接撮影からデジタル撮影に変更されて、これまでは検出されなかった病変の検出率が向上したようである。検査の質の向上によって精密検査になる事例が増えているのかも分からない。
府医師会の肺がん対策委員会は、受診者統一IDによるがん検診支援プラットフォームの構築を提言している。このシステムが構築できれば、過去のすべての胸部レ線を一瞬にして呼び出すことができる。比較読影が容易となり、精度の高い肺がん検診になるものと思われる。
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