医師が選んだ医事紛争事例 170  PDF

患者に実損がない場合は、道義的な謝罪で

(60歳代前半男性)
〈事故の概要と経過〉
 患者は、右眼下眼瞼の腫脹・しこり・痒みを訴え本件医療機関を受診した。医師は患者にセルベックスRと点眼薬などを処方したが、受診から10日程経過した後に患者から、処方されたセルベックスRの期限が切れていた旨の連絡があった。
 当初、患者はセルベックスRを服用しなかったと説明したが、後日、前言を撤回し2回ほど服用し、その結果、便秘になったと報告・主張した。その後、患者は具体的な賠償請求こそしてこなかったが、何度も本件医療機関を訪れて強い態度で「誠意を示せ!」と主張し続けた。
 医療機関は、実際に患者が期限切れのセルベックスRを服用したか否かを確認できないとした上で、仮に患者が服用していたとしても医学的に身体的障害が生じることはなく、また便秘との因果関係もないはずと考えた。ただし、期限切れの薬剤を処方したという過失は明らかなので、医師は患者に道義的な謝罪を繰り返し行い、併せて患者の要望も尋ねた。しかし、患者は具体的な要望をせずに、ただ「誠意」のみを強調した。その後、医師は患者の脅迫めいた態度に恐怖感を抱いたため、弁護士に相談することにした。
 紛争発生から解決まで約4年間を要した。
〈問題点〉
 過失は明らかであるが、それによる実際的な身体障害やそのために生じた金銭的な損害(以下、「実損」と略す)は認められなかった。しかし、患者側は本件医療機関に押しかけるなど執拗に脅迫行為を繰り返した。このような場合において、医療機関側はたとえ見舞金名目でも金銭解決を急ぐべきではなく、弁護士を介したことは正しい対処法であった。
 医療機関側に過失があったとしても、まずは患者の実損を確認することが重要であり、実損がない場合、または実損があっても過失との因果関係が認められない場合には、基本的に「道義的」な謝罪に留めるように努めるべきである。
〈結果〉
 弁護士が介入した途端に、患者側の脅迫行為は止まり、立ち消え解決とみなされた。

ページの先頭へ