医師が選んだ医事紛争事例 165  PDF

大腿骨転子部骨折術後にスクリューの逸脱、患者を放置

(70歳代後半女性)
〈事故の概要と経過〉
 患者は自宅で転倒してA医療機関に受診・入院した。医師は右大腿骨転子部骨折(転子下骨折含む粉砕骨折)と診断し、入院から2日後に全身麻酔下で髄内釘に加え骨頭部に2本のlag screwと骨幹部に2本の横螺子を用いた観血的骨接合術を実施した。手術から約1カ月後、患者はリハビリテーションの継続のため本件医療機関に転院となった。手術から約4カ月後に患者は本件医療機関を退院したが、退院から約1週間後のレントゲン検査で遠位(下)のlag screwの逸脱が認められ、その4日後、A医療機関でlag screwの再挿入の手術を受けた。
 患者側(主に娘)は手術から約3カ月後の時点で右足の痛みを訴えていたにもかかわらず十分な対応をしてもらえなかった。適切な対応をしていればもっと早く再手術できていた、あるいは再手術そのものが必要なかったかもしれないとしてA医療機関で再手術を受けた日を含む3日分の医療費の返還を要望した。
 本件医療機関側としては、痛みの訴えは事実であったとしても湿布等により対応できており、当時は実際1週間程度で痛みは治まっていたことから、スタンダードな対応をしたものとして過誤を否定した。
 紛争発生から解決まで約5カ月間要した。
〈問題点〉
 患者が痛みを訴えた時期の約1週間前のレントゲン検査では、上下のlag screwの先端の位置は下のものが上のものに比べ、約2㎜後退している。患者が痛みを訴えた時点で再検査をしていれば、さらに後退していた可能性も全く否定することはできない。しかし、湿布処置等に際して皮膚からの突出や膨隆等が認められておらず、その後に疼痛の緩和が得られ、日常生活動作が改善・維持されていることから、下のlag screwはその位置で安定していてそれ以上の症状を発現していなかったものと評価し得る。患者が痛みを訴えていた日以降にレントゲン検査を頻回(例えば毎週)に行っていれば、lag screwの後退の程度や経過が判明し得るが、皮下に膨隆して皮膚外に突破突出しておらず、そうであれば観血的処置(押入れ、抜去、抜去・再刺入)の必要性はない。また、退院後のレントゲン検査で判明した後退レベルにいつなったかの推測ができず、その後退レベルを把握するためのレントゲン検査をいつの時期に行うべきであったかの確定ができない。いずれにせよ、突破突出や感染症等の重篤な身体的併発症もなく、疼痛・不安感等の精神的苦痛があったとも言えず、したがってレントゲン検査を行っていても、手術を回避できた、あるいはより早く再手術実施ができたとは言えない。しかし、後退の程度から手術の適応はあった。以上のことより、医療過誤は否定された。
〈結果〉
 医療機関が事故調査結果を踏まえ、患者側に丁寧に説明したところ、不満を述べつつも理解を示して、その後の苦情はなく、立ち消え解決とみなされた。

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