前号(第3124号)では、骨太方針2022が「デジタルトランスフォーメーション(DX)」を主要な柱に据えた「新しい資本主義」を強調し、デジタル庁の「デジタル臨時行政調査会」の策定した「構造改革のためのデジタル原則」に依拠し、諸々の規制の緩和・撤廃を進めながら、「経済成長」と「財政健全化」を目指す国家方針書であることを指摘した。
続いて本稿で着目したいのは骨太方針2022「2.持続可能な社会保障制度の構築」における「医療費適正化計画の見直し」なる文言である。医療費適正化計画は小泉政権期の2008年施行の「高齢者の医療の確保に関する法律」に基づく法定計画であり、全都道府県が6年1期での策定を義務付けられ、現在第3期(~2023年度)の最中である。都道府県は国が準備した〈医療費の見込みの推計式〉(図)に基づき、策定時点から6年後の医療費の見込みを計画に書き込む。都道府県は見込みの範囲に医療費が収まるように、保険財政と医療提供体制を両睨みで医療政策を司る―これが基本的な姿である。京都府の医療費適正化計画(中期的な医療費の推移に関する見通し)は、「自然増のみを推計した場合約1兆895億円」となる2023年の医療費が、施策の推進を踏まえれば約1兆782億円に抑えられると推計(2014年度推計)しているⅰ。
財務省から発信される
医療・社会保障給付費の 「規律」 強化
このような現状の医療費適正化計画について真っ向から疑問符を突き付けているのが財務省である。骨太方針2022に先立って示された財政制度等審議会の建議「歴史の転換点における財政運営」ⅱは、「年金制度のように、マクロ経済や人口動態に連動して(医療・介護の)給付水準等を自動的に調整される仕組みがない中では、我が国の給付費の対GDP比は今後上昇する可能性が高く、財政規律を強化していくことが必要である」「我が国でも保健医療支出の伸びが経済成長率と乖離しないことを一つのメルクマールとしていくことが考えられる」と述べている。
この記述の意味するところをメディファクスが財務省の一松主計官のインタビューとしてかみ砕いて説明しているⅲ。
要約して紹介すると、「日本の社会保険制度は賦課方式」であり、「現役世代の負担能力を重視し、経済成長率との整合性をとっていくことは一定の合理性がある」。財務省は建議に先立つ4月13日に財政制度等審議会で「伸び率管理」(医療費総額管理制度)導入を2005年に見送った経緯を振り返った上で、「医療給付費も含めた社会保障給付費全体」について「規律を強化していく必要がある」と提言した。
すなわち、単純に言えばあらかじめ国が年度当初に経済成長率を勘案して定めた伸び率の範囲に医療給付費も含めた社会保障給付費を抑え込む仕組みを導入すべきだと主張しているのである。
その上で一松氏は現状の医療費適正化計画について、「生活習慣病予防」(特定健康診査・特定保健指導の実施率等)や「平均在院日数短縮」による医療費抑制は「エビデンスに基づかない実効性を欠くものであったことが明らか」だと断じる。「社会保障給付費を対GDP比などの指標で管理すると、必要な医療・介護サービスを適切に提供できなくなるとの懸念は、医療界に根強くある」が「人道的観点からも」医療・介護サービス提供の必要性に一定の理解は示しつつも、「教育、公共事業のインフラ補修、防災などの分野も重要性が劣るわけではない」「社会保障予算に限って、マクロ指標による財政管理が必要でないという主張は、全体で財政規律が設けられている中で、(論理的な)飛躍がある」。医療費適正化計画は「形骸化」しており、今後は「例えば地域医療構想の推進を必須事項とし、後発医薬品の使用促進のみならず、地域フォーミュラリーの策定、多剤・重複投薬の解消、長期Do処方からリフィル処方への切り替え、公立病院における費用構造の改善など、医療の効率的な提供の推進に資する取り組みを充実・強化していくことが基本」だと訴え、「2024年度以降の第4次適正化計画の策定に向け、根拠法である高齢者医療確保法の必要な改正を図っていくべきだ」とした。
厚生労働省の審議会議論での指摘
厚生労働省の社会保障審議会医療保険部会でも第4期医療費適正化計画の見直し議論は進められている。2021年7月の第144回部会ⅳの席上においても委員から特定健診、特定保健指導について、「その効果を疑問視するような研究結果も最近出ている」との指摘がなされ、実効性への疑問が呈された。だが一方で別の委員からは健康づくりが医療費適正化目標のための手段に読み取れ、違和感がある。医療の目的は健康を支えるということであって、費用はその一つの制約であるという捉え方が本来あるべき姿であり、順序が逆転しているとの重要な指摘もなされている。また他の委員からは「最終的には医療費目標が達成できなければ、都道府県単位の1点単価を変えてしまえという拙速な議論になることだけは明確に反対をさせていただきたい」との指摘もあった。
医療費適正化という命題が先行し、人々に対する医療保障が薄っぺらなものになっていく危険性がここでは語られており、財務省の主張とは完全に衝突する議論である。
財務省が提言した医療分野での今後の取組
―DXとかかりつけ医制度―
財政制度等審議会の建議は医療費適正化計画の実効性への疑問符と経済成長率と整合ある「規律」の必要性という主張を入口として、「給付費の水準を抑制するための方策等」として、「効率的な質の高い医療提供体制の構築」を提言しており、その具体的メニューに「レセプトデータの利活用」も含めた「医療分野におけるデジタル化」や「地域医療構想の推進」、「地域医療連携推進法人の活用」と同法人に参加する複数の医療機関等に対する「包括報酬」の推進、そして「かかりつけ医制度」の導入を訴えている。骨太方針2022には直接に医療給付費全体に網をかける「規律」は書き込まれなかった。だが一方で「給付費の水準を抑制するための方策」として財政審建議が提示したそれらメニューの多くは取り込まれているのである。このことの意味を重大に捉えるべきであろう。
先に紹介した財務省の一松主計官はかかりつけ医制度について次のようにコメントしている。コロナ禍の外来医療について「これまで我が国の金看板とされてきたフリーアクセスが、肝心な時に十分に機能しなかった可能性がある」「制度とするか、文化にとどめるか」という論点を議論する段階ではすでにないと主張。医療界はかかりつけ医の制度化に懸念を示すが「規格化・数値化が進みかねない(かかりつけ医関連の)診療報酬上の評価には懸念を示さない」とし、「報酬上の評価という告示レベルでの規律付けは許容しておきながら、より高いレベルの法令で制度化することには反対するというのは、筋が必ずしも通っていない」。
DXやかかりつけ医制度といった国の策動はそれぞれ単独で持ち出されたものではない。財務省には財務省の模索する医療費抑制の「全体像」とそれに向けたシナリオが幾種類かあるはずだ。それが官邸や厚労省の動向を踏まえながら、形状を柔軟に変えつつ、それでも着実に彼らはその実現に向けて「前進」しているものと捉えねばならない。
ⅰ 京都府中期的な医療費の推移に関する見通し 京都府HP(2022年6月24日閲覧)
https://www.pref.kyoto.jp/iryohoken/1217378364862.html
ⅱ https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/report/zaiseia20220525/01.pdf
ⅲ 医療給付費の伸び、経済成長率との整合性は「思い切った提案」一松主計官 メディファクス 2022年5月25日
ⅳ 第144回社会保障審議会医療保険部会 議事録
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_20737.html
図 医療費の見込み(目標)について
○医療費の見込みの推計式については、医療費適正化基本方針(2016年3月告示)で示した医療費の見込みの算定方法の考え方を踏まえ、以下のように整理。
〈医療費の見込みの推計式(必須)〉
医療費の見込み(高齢者医療確保法第9条第2項)
入院外等・自然体の医療費見込み ▲後発医薬品の普及(80%)による効果
▲特定健診・保健指導の実施率の達成(70%、45%)による効果
▲外来医療費の1人当たり医療費の地域差縮減を目指す取組の効果
・糖尿病の重症化予防の取組
・重複投薬、多剤投与の適正化
入院 ・病床機能の分化及び連携の推進の成果を踏まえた推計
令和3年7月29日 第144回社会保障審議会医療保険部会 資料2