医師が選んだ医事紛争事例 163  PDF

シャワー浴時に浴槽の底に沈んでいた

(80歳代前半男性)
〈事故の概要と経過〉
 患者は右大腿部に発赤、腫脹が出現したために、発赤から4日後に本件医療機関の皮膚科を受診した。患者は蜂窩織炎と診断され、抗生剤等の内服を服用したが、腫脹が悪化したため受診から4日後に本件医療機関に入院した。
 その後、症状が改善し、入院から5日後には患者がシャワー浴を希望した。看護師は患者に付き添い、患者に「座ってシャワーにかかるように」と指示した上、退室した。看護師は、患者が浴室入室から約40分経過しても退室してこないので声をかけたところ、返事があったことを確認した。しかし、その約25分後に看護師が再度浴室へ行った際に、患者が浴槽に沈んでいるのが発見された。看護師は直ちに心臓マッサージを開始するとともに、大声で応援を呼び、発見から約4分後に看護師4人、医師1人が駆けつけ、蘇生を続行した。
 その後、口腔内および気管内挿管時の吸引操作で水と食物残渣を多量に吸引・排出したが、発見から約40分後に死亡が確認された。所轄警察署に届け出て、司法解剖がなされた結果、死因は急性心機能不全、遠心性心肥大、大動脈弁硬化であり、溺水でも溺水による病態でもなかった。
 患者側は、看護師が入浴行為の観察を怠ったため浴場椅子から転落ないし転倒し、またそれを放置したことで、結果的に死亡に至らしめた注意義務違反があるとして、証拠保全の後に訴訟を申し立てた。
 医療機関は、看護師は二度にわたり患者に声掛けを行い、声かけ確認の時間間隔も過誤を指摘される程の長時間ではなかったとして、医療過誤を否定した。
 紛争発生から解決まで約2年11カ月間要した。
〈問題点〉
 司法解剖の結果、死因は急性心機能不全であった。溺死であれば管理責任を問われ得た可能性もあったと思われるが、急性心機能不全であったので、死亡と医療機関の管理体制との間の因果関係はないと考えられた。溺水ではなく急性心機能不全による死亡では、いずれにせよ救命の可能性はなかったと考えられる。
 遺族はこの事故以外の周辺事情で本件医療機関に不満を持っていた可能性も伺え、日常診療での対応の重要性が考えさせられた。問題は浴場には水槽となる入浴槽があり、床面や座椅子表面には水濡れの部分もあって転倒や滑落の危険性がある。入浴槽内では低血圧発作の可能性もあり、溺水する可能性も否定できない。単身で放置したとの恨みも生じやすいので、洗浄処置後は短時間で帰室を誘導するなど、適正に看護計画を立て実行する必要もあろう。
〈結果〉
 第1審、第2審ともに医療機関側の勝訴で、患者側はそれを不服として上告した。最高裁では不受理となり、医療機関側の勝訴が確定した。
 紛争発生当初から、医療過誤や管理に問題がないことは調査で判明していたが、事故の内容や遺族の思いによっては最高裁による上告不受理まで解決できないケースでもあったという事例である。

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