医師が選んだ医事紛争事例158  PDF

顕微鏡のライトの不具合で手術中止

(80歳代前半女性)
〈事故の概要と経過〉
 患者は、重篤な腰部脊柱管狭窄症で立位歩行時に両下肢痛が生じていた。歩行は50m程度に制限され、2本杖が必要な状態であった。患者は本件医療機関に入院し、翌日に腰部脊椎間狭窄症で腰椎椎弓形成手術を目的に、全身麻酔下で腰椎左側のL123椎弓を露出し、A社手術用顕微鏡(手術日の約9年前に購入。手術日の約3年前に点検済み)を使用しようとしたが、ライトが点灯しなかった。ライトを点検して電球を交換したがやはり点灯しなかった。メーカーへの連絡も行ったが、早期修復が困難と判断して再狭窄高位のL2椎弓下縁をエアトームで削った時点で手術中止となった。手術開始から中止までは2時間弱で、ライトの異常に気が付いたのは、手術開始約20分が経過してからのことであった。
 さらに手術室の出口付近でストレッチャーから半覚醒状態の患者が自ら動いて転落した経緯もあった。ストレッチャーを囲む形で麻酔科医師・放射線技師・看護師等がいたが、一瞬の出来事で転落防止できなかった。患者家族がCT撮影を希望したのでB医療機関に搬送して頭部・頸部・腰部・骨盤・大腿骨頸部を検査したが、異常は認められなかった。患者は手術日から約1週間後に退院した。担当医師は入院中に再手術を提案したが、患者の息子が納得せずにC医療機関で手術を実施したもよう。
 患者側は、顕微鏡の点検を怠ったために手術中止となったこと、さらにストレッチャーから転落したことについて、昼夜を問わず電話等でさまざまなクレームを言い続けるとともに、従業員に対しても執拗に謝罪を求めてきた。さらに退院後も3回電話で具体的ではないが損害賠償を請求してきた。
 医療機関側としては、術前にライトを確認しなかったことについて過誤を認めた。顕微鏡は医療機関に一つしかなかったとのこと。医療費は、保険者・患者ともに請求せず、さらに解決金として10万円の支払いを提示したが、患者側に断られた。患者側は息子と娘が中心となって、本件医療機関の従業員に対しても謝罪を求め、謝罪文を個人的にかつ強制的に提出させており、気に入らなければ目前で破り捨て、クレームも多岐にわたる状況になった。担当医師を含む従業員の困惑・疲弊・恐怖感等が目立つようになったので、医療機関側は今後の対応の一切を弁護士に任せたいとの意向を表明した。
 紛争発生から解決まで約3カ月間要した。
〈問題点〉
 手術用顕微鏡のライトが付かずに手術の中止となったことは、医療機関側の管理ミスと判断されよう。したがって手術中止までの不要となった手術操作とそれによる余分な全身麻酔を受けたこと、入院期間中の慰謝料とに関して賠償責任があると考えられた。医療機関側は、患者の尋常でないクレームに極度の緊張を強いられていることから、早々に弁護士を代理人として、一切の交渉を任せた。
 なお、患者側の行為が名誉棄損・威力業務妨害・脅迫等に当たると判断される場合は、医事紛争とは切り離して、法的処置を検討する必要がある。本事例でも最終的には見送られたが、威力業務妨害、脅迫等で患者側を訴えることが検討された。
〈結果〉
 管理ミスに関して全面的に認めて、弁護士を介して賠償金を支払い示談した。

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