診察室よもやま話2 第5回 飯田 泰啓(相楽)  PDF

肺がん検診

 新型コロナの発生から二年が過ぎようとしている。一昨年は、新型コロナの流行で国内はてんやわんやの騒ぎであった。突然に降ってわいた学校の一斉休校措置、そして第一次の緊急事態宣言が発出された。感染者数は現在の方がはるかに多いのだが、慣れとは恐ろしいものである。あの頃はちょっと外出しただけでも感染するのではピリピリしていたことを思い出す。
 長年、高血圧で通院されているYさんが、最近咳が止まらないと訴えてこられた。
 「一月ほど前から、咳が出て止まらないのです」
 「もともとアレルギーもあるし、そのためじゃないですか」
 「確かに目も痒いので花粉症かも分かりません。とりあえず咳止めを下さい」
 季節の替わり目で花粉症の時期である。発熱もなく喀痰もない。動脈血酸素飽和度も98%ある。もともと気管支喘息のあるYさんのことである。とりあえず抗アレルギー剤を試してもらった。
 しかし、抗アレルギー剤を試したものの咳嗽が改善しないとおっしゃって、一週間して再びお越しになった。
 「まだ、咳が止まらないのです」
 「そうですか。念のために胸の写真を撮りませんか」
 「毎年、肺がん検診を受けているので大丈夫だと思うのですが」
 「まず大丈夫だと思いますが、念のために撮らせて下さい」
 躊躇されるYさんを説得して、胸部レ線を撮影した。
 出来上がった胸部レ線をみて驚いてしまった。きっちりと腫瘤陰影が映っているではないか。
 「先生、どうでしたか。大丈夫だったでしょう」
 「うーん、この写真を見て下さい。ここのところですが、右と左と違うでしょ」
 「そうですかね」
 「病院できっちりと検査をする必要があります」
 胸部写真の説明をして病院の呼吸器専門外来を紹介した。毎年、検診を受けているという言葉を信用して、胸部レ線を撮らなかったらと思うとぞーっとする。
 病院を受診した後、Yさんが悲壮な顔をして奥さんと一緒に来院された。
 「肺がんと診断されました。それも進行していて手術は無理だと言われたのです」
 「そうですか」
 「もうだめなのでしょうか」
 「まだ、気管支ファイバーなどの検査は終わっていないのでしょう」
 「一週間後に入院することになりました」
 「肺がんと決まったわけでもありませんよ。検査が終わってから考えませんか」
 「そうですか」
 「たとえ肺がんでも、がんの種類と進み具合で治療方針が違います。検査が終わったら詳しく説明してもらえると思いますよ」
 「でも、心配で心配で」
 「昔と違って、お薬も進歩しています。放射線治療も免疫療法もあるのですよ。とにかく体力をつけるようにして下さい」
 動揺するYさんに落ち着いてもらうように努力した。
 「心配なことがあれば、いつでも相談にのりますよ」
 「毎年、肺がん検診を受けていたつもりだったのです。しかし、よく考えてみると昨年は新型コロナの影響で検診がなかったのです。失敗しました」
 毎年検診を受けている人が、ある年に事情があって受けないと、その翌年に大きな病気が見つかるというのは、言い慣わされたジンクスである。新型コロナの影響がこんなところにも及んでいるようである。
 日本肺癌学会は、2020年の肺がんの新規患者数を調査した結果、前年より6・6%減少したと発表している。新型コロナウイルスの流行による受診控えや検診控えが影響しているとみられ、全国で8600人の診断が遅れ、治療の機会を逃したと推定している。肺がんは、死亡者数の多い部位の第一位にランクされるがんである。国立がん研究センターが19年8月に発表した「院内がん登録による生存率集計」によると、相対的五年生存率は、ステージ1で81・2%と高率であるが、ステージ2は46・3%、ステージ3は22・3%、ステージ4は5・1%と、進行するにつれて生存率が極めて悪くなる。
 Yさんの診断の遅れが予後に大きな影響がないことを願っている。

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