子どもの主体性尊重を小児科医の視点から
保険医協会や小児科医会で活躍されていた有井先生から、今年1月に先生が上梓された『子どもは希望を拓いてゆく―ともに小児科医の手だてを』を送っていただいた。私が保険医新聞にその書評を書かせていただく適任かどうかはさておき、有井先生は私たちが10年間続けてきた福島原発事故の避難者健診に大変関心を持っていただき、協力していただいているご縁もあり、力不足は承知で筆を執らせていただくことにした。
この本は8章からなる。1章から5章までは、子どもたちのしんどさ、生きづらさがどのような症状で表れるか、その要因は、そして対応は、などが年齢層ごとに具体的に書かれている。想定する読者は保護者、教師、保育者と推測されるが、記載が平易で具体的なのできっと学ぶものは多いことだろう。特に著者の思い入れもあってか、不登校、引きこもり、いじめの項などは文章が緻密である。6章は発達障害について書かれており、日頃接する機会の少ない臨床医にとっては簡潔な入門書となっている。
ただ、この本は巷間あふれるハウツー本ではない。著者は自らを「小児科医に足場を置いて、心身医療と、児童精神科とのすき間の医療に長く携わってきました」と紹介されているが、本意は7章に書かれており、これまでに関連する分野の専門医に師事して学ばれた蓄積と、子どもたちとご家族との長年にわたるお付き合い・悪戦苦闘の経験を踏まえて到達された哲学を、この本で読者に伝えることのようである。それは「子どもに任せる」ことと、
「大切にしている」というメッセージを子どもに的確に伝えることに集約される。
最後の8章は子育てをめぐる日本の極めて不十分な現状がテーマである。ここでは親の在り方、夫婦の関係、祖父母の役割などにも触れられていて、その中で「親も、子どものためだけの人生ではなく、自身の趣味や仕事を大切にされることを、次第にこころから望むようになりました」という文章を書かれている。女性医師ならではの視点とジェンダーから捉えることも可能かもしれないが、私は家族がともに成長していくための本質を述べているというふうに理解させていただいた。
このあたりで拙い書評を閉じることにするが、あえてこの本をまとめるとすれば、著者が伝えていることは子どもを個々の症状に分けてみるのではなく、一人の自我を持った主体として尊重することこそが大切だということに行き着きそうである。
『子どもは希望を拓いてゆく―ともに小児科医の手だてを』
有井 悦子 著 かもがわ出版
2021年 1 月 1,650円(税込)