医師が選んだ医事紛争事例 145  PDF

ベッドから転落して左大腿骨転子下骨折

(80歳代前半女性)
〈事故の概要と経過〉
 本件医療機関に入院中の患者が入浴を終え、ストレッチャーに乗った状態で介護福祉士Aに連れられて自室に戻った。ストレッチャーはベッドに対し斜めの位置で固定。患者の足側をAが、頭部側をAに依頼された介護士Bが担当して、ベッドに移乗させた。仰臥位でみてベッドの左側を壁につけ、褥瘡予防のエアマットを時間毎にエアの膨隆部を移動させ使用していた。患者は上下肢の拘縮があり仰臥位が困難であったので、頭部に枕を置いていた。まずエアマットを膨隆させず、フラットにして右側臥位に臥床させた。その際にBはベッドから離れた。Aは、ベッドの転倒防止柵が見当たらず、柵を探そうとして患者から目を離し、その数秒後に患者がベッドから転落した。
 医師がすぐに呼ばれバイタル所見を測定。特に異常は認められず意識も清明であったが、1時間後に注入食を開始した後、嘔吐があった。担当医師Cは頭部外傷を疑い、脳外科受診を指示し、D医療機関への救急搬入となった。D医療機関では頭蓋骨骨折を疑い手術を予定して輸血も実施したが、保存的に加療された。左大腿部の腫脹からXP検査で左大腿骨転子下骨折が疑われたが、股関節部の拘縮があり、仰臥位の保持が困難なため牽引実施ができず、観血的整復・固定術は断念し保存的に加療された。ただし、骨折部は短縮し股関節部も拘縮状態を来していて安定しており、禁忌となる肢位はなく通常の管理とされた。転倒から約1カ月後、患者は本件医療機関に再入院したが、後遺障害もなく本件の骨折に関わる保存的治療も必要ないとされた。
 患者側は、唯一の家族である長男が金額は明確でないが賠償責任を追及してきた。
 医療機関側としては、介護福祉士Aが患者を移乗させた後に、目を離したのは過失と判断した。移乗に協力したB介護士は、偶然廊下にいてAに依頼されたもので、移乗に不慣れなこともあり、不注意な行動となったとのこと。本来ならば同じ病棟の看護師を呼ぶべきはずとした。Bが患者の頭部をベッドの中央ではなく、壁側と逆の右側近くに置いたため、エアマットはフラットであったものの作動していて、患者が頭部から転落したものと推測された。院長はD医療機関の医療費は弁償する旨、患者側に伝えたとのことであった。
 紛争発生から解決まで約2カ月間要した。
〈問題点〉
 患者にはすでにその他の部位に陳旧性の骨折が認められていたが、事故当日に左大腿部の腫脹が確認されており、ベッド転落時に新鮮骨折が生じたと推認され、転落とその骨折との因果関係が認められた。また、以下の点から医療機関側の管理過誤が認められた。
 ①Aは、偶然、廊下にいた患者移乗に直接的な担当責任のないBに協力を求めたこと(マンパワー不足による免責はされにくい)。
 ②Bがベッド移乗の際は患者の身体をベッドの中央、もしくは転落のリスクのない壁寄りに置かなかったこと。
 ③Bがベッド柵の設置完了まで患者から離れるべきでなかったこと(要全介助時の転落では、介助者の不在は過誤とされやすく、Aが2人体制へと調整した意味がない)。
 ④外したベッド柵は定位置に置き、介護者が柵を探す必要のないようにすべきであったこと(そうしておればAは患者から目を離す危険性を回避できた)。
〈結果〉
 医療機関側が全面的に管理ミスを認め、賠償金を支払い示談した。

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