医師が選んだ医事紛争事例 144  PDF

認知症患者から離れる際は、必要な抑制ベルトの再確認を

(80歳代後半女性)
〈事故の概要と経過〉
 患者は認知症で、右大腿骨骨折後の廃用症候群のためA医療機関から本件医療機関に転院となった。転院から2カ月程して、朝食のため患者は看護師2人の介助を受けてベッドから車椅子へ移乗した。
 看護師はオーバーテーブルを患者の前方に固定した後、病室を離れた。病室から出て5分後に、看護師が帰室すると、患者は車椅子から転倒していた。患者は疼痛を強く訴え、熱発し始めたので、検査が実施され、左大腿骨転子部骨折と診断された。医療機関側は患者に手術を勧めたが、患者側が本件医療機関での手術を拒否したため、その後A医療機関に転院となった。しかし、その後、患者がESBL【Extended Spectrum beta(β)Lactamase】産生の耐性菌に感染していたことが判明。全身麻酔下で手術を施行したが、転院から約1カ月後に死亡した。なお死因等の詳細は不明であった。
 遺族側は、以下の点を医療過誤として、治療費・葬儀費名目で賠償金を請求した。①入院中の処方薬の減量・中止により意識障害が発生した。②看護師不在の病室で転倒骨折した。③看護師等がおむつ交換時に手袋を交換しなかったことにより感染した。
 医療機関側としては、以下の通り②の転倒についてのみ過誤を認めた。
 ①処方薬の減量・中止は、医師の裁量で間違いはない。また、減量・中止は患者がA医療機関に転院した日のみで、1日間であれば医学・薬学的に悪影響がなかったものと断言できる。
 ②看護師は患者が車椅子に移乗した後は、ベルトを装着しての抑制が必要と認識していたにもかかわらず、それを怠った。
 ③看護師はマニュアル通り手袋を交換しており、かつ感染経路・時期とも不明である。
 看護師は効率化のため、手袋を何重にも手にはめて、患者ごとに手袋を一枚ずつ外していく方法を採用しており、手袋を外して素手のままで処置したものと患者側に誤解されたようである。また、意識障害は本件医療機関では発生しておらず、A医療機関への転院後に発症。そこで感染した可能性も否定できない。
 紛争発生から解決まで約6カ月間要した。
〈問題点〉
 ②の転倒についてのみ過誤が認められる。看護師が患者の病室から5分間、離れたこと自体は明らかな過誤とは言えないが、抑制ベルトを締めなかったことは過誤と言え、ベルトをしていれば、看護師が不在でも、患者の転倒は予防できたと言える。
 また、今回の事例では医師が遺族側とのコミュニケーションを避け、事務局長に対応を一任していた様子が窺われた。看護部門による病棟管理上での事故の場合、一概に医師が直接、患者側とコミュニケーションを取って説明をする義務があるとまでは言えないが、このケースでは医師の同席など協力が足りなかった可能性は否めなかった。
〈結果〉
 医療機関側と遺族側のコミュニケーションが上手くいかなかったので、弁護士が介入したところ、スムーズに示談が成立した。

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