医師が選んだ医事紛争事例 141  PDF

予見ができない転倒は不可抗力?

(70歳代前半男性)
〈事故の概要と経過〉
 患者は、5回目の脳腫瘍(髄膜腫)の手術目的で本件医療機関に入院。既往に失語症と認知症があったが、院内マニュアルにある転倒転落アセスメントスコアシートでは離床センサーを装着する必要はなかった。
 患者は、入院の翌々日に手術を受けた。術後は良好であったが、手術の約1カ月後に、患者がトイレで転倒しているのをスタッフが発見した。転倒から恐らく20分以内に発見されたとのこと。今回の転倒事故以前は、ナースコールに応じて必ずスタッフがトイレ移動の介助をしていた。転倒後、すぐに脳外科医師が対応して両股関節XPを撮影したが異常は認められなかった。
 ところが、翌日のXP追加で右大腿骨骨折が確認された。骨折確認時にADLの低下等の可能性が50%程度の確率であり得ると予測された。
 患者側は、患者に対する安全配慮義務を怠ったとして、骨折の治療費や将来後遺障害が発症した際の治療費の免除について弁護士を介して要求してきた。また、右大腿骨骨折の診断が1日遅延したことについては、医療機関側からの確定診断が困難であった骨折との説明に納得しており、クレームはなかった。
 医療機関側としては、患者との長い付き合いもあることから見舞金として差額ベッド代を免除したが、転倒防止対策は十分に取っていたとして無責を主張した。
 紛争発生から解決まで約6年2カ月間要した。
〈問題点〉
 医療機関側の話を聞く限り、患者管理に関して過失を認める点は指摘できない。患者には、自立心があって、自分で起立し、歩行したいという気持ちがある。手術の後や片麻痺など中途障害が生じても、その回復期にまだでき難い動作を試験的に行おう(障害確かめ体験と命名されている)として、多く転倒が発生している。
 また、自分の心身の残存能力を「過大評価」することで、かえって転倒の危険因子となっているとも指摘されている。
 今回の転倒事故を予防できるとすれば、患者を拘束するか常時監視を付けるかしかなく、医療現場としては不可能な対応であり、不可抗力と言えよう。
 また仮に常時、立位保持に付き添い、移動歩行に同行していても、高齢者であったり、神経系疾患の罹患などで下肢の筋力低下や中枢神経系の平衡能力の低下などがすでに生じていると、転倒し始めたことに打ち勝って立位に戻そうと、付添い・同行者が支えても、転倒機転の進行を防止することは極めて困難である。したがって無責と判断された。
 今回は医療機関の責任者が差額ベッド代を免除しているが、それが見舞金名目であっても、患者側からすれば医療過誤を認めたと誤解される可能性が高く、今回のように更なる要求を誘発させてしまうことになり得る。
〈結果〉
 差額ベッド代を請求しないことで、結果的には患者側のクレームがなくなり、立ち消え解決とみなされた。
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