2021年5月21日、財務省・財政制度等審議会(会長・榊原定征東レ(株)社友、元社長・会長)が「財政健全化に向けた建議」を麻生太郎財務大臣に提出した。建議は6月策定予定の経済財政諮問会議による「骨太の方針」への反映を睨む。
建議に書き込まれた「単価補正」
建議は総論において、新型コロナウイルス感染症によって「医療提供体制の脆弱性」「行政の非効率性」等が国民生活に著しい支障をもたらしたと指摘。だが建議の言う「脆弱性」は医療現場に身をおく者の考える「病床の不足」「医療人材の不足」を意味しない。あくまで「改革が十分に進まなかった」ことによる脆弱性である。
その上で、政府による新型コロナウイルス感染症に対する大規模な財政措置(国債約80兆円増発、総額290兆円)が、「将来世代の負担をさらに増加させていることも忘れてはならない」と警鐘。感染拡大防止・経済回復・財政健全化の「三兎を追う」べきと強調し、今後は「つなぎ」的な措置から「ポストコロナを見据えた経済構造への転換」に軸足を「移しつつある」と述べる。これは医療機関における支援についても適用される考え方とみる必要がある。即ち、これまで新型コロナウイルス感染症と闘い、苦しんできた医療機関に対する交付金・補助金(約4.6兆円)は「つなぎ」であり、そうではない仕組みへの転換が志向されるものと考えられる。
その具体的な方策として提示されるのが診療報酬を用いた「支援」である。建議は「新型コロナと医療機関の支援」について、「診療報酬の不足は診療報酬で補うことが自然」と述べ、「災害時の『概算払い』を参考とし、前年同月ないし新型コロナ感染拡大前の前々年同月水準の診療報酬を支払う簡便な手法を検討すべき」である記述。補注の形で4月15日の分科会で提起された診療報酬の「単価補正」を正式に書き込んだ。次のとおりである。
前年同月ないし前々年同月水準からの減収相当額の支払い部分について実際に行われた診療行為への対価性を欠く点については、たとえば対前年同月ないし対前々年同月比で保険点数が2割減り、8/10となった場合に、1点単価を12.5円に補正することとすれば、診療行為への対価性を保持したまま、前年同月ないし前々年同月水準の診療報酬を支払うことは可能である。
協会は「単価補正」提案について、すでに明確な反対を理事長談話で発している(2面掲載)が、今建議は談話が指摘した危険性を一層裏付けるものとなっている。
顔を覗かせた「医療費総額管理」
最も注意すべき点は、建議ではいわゆる「医療費総額管理」がまたしても顔を覗かせていることである。
建議に「医療費適正化の蹉跌からの立て直し」との記述がある。これは今日の都道府県を中心とした医療費適正化政策の形成過程・経緯を踏まえたものである。
建議は医療保険財政について「給付と負担の不均衡は拡大の一途」「是正が強く求められる」と述べ、「経緯」を次のように振り返る。「医療給付費の伸びについて(2005年)、経済財政諮問会議等において『(経済規模に対応した)マクロ指標による政策目標』の設定が目指された」。これに対し厚生労働省は「生活習慣病の予防の徹底」「平均在院日数の短縮」等のミクロの施策による政策目標を代案として主張。公的保険給付費の規模を現行見通しよりも低くできるとの試案を示し、現在の医療費適正化計画の体制がつくられることになった。
だが厚労省の主張によって形成され、今日まで進められてきた医療費適正化策は効果をあげていないと財務省は不満を表明する。
「生活習慣病の予防の徹底」である特定健診・特定保健指導の実施率向上(都道府県医療費適正化計画の主要な指標)は、その効果額が医療費ベースでわずか200億円。これに対し、特定健診・特定保健指導に投じられた公金は222億円(2021年度予算)である。
また「平均在院日数短縮」についても、厚労省試算が見込んだ2025年度▲3.8兆円の効果は達成されず、そればかりか「入院医療費対GDP比は増嵩ぞうすうしている」と指摘している。
そして何より厚生労働省が2015年度6.0%、2025年度6.7%に止まると見通していた医療給付費対GDP比について、現段階で7.25%(2018年度)とすでに見通しを突破していると指摘する。その上で建議は次のように述べる。「2005年末以降の医療費適正化の枠組みが、エビデンスに基づかない実効性を欠くものであったことが明らかになっており、マクロ指標による政策目標の設定も含め、15年来の医療費適正化の蹉跌からの立て直しが求められている」。
2005年に経済財政諮問会議で提案された「マクロ指標による政策目標」とは、同年10月5日の会議で民間議員が提案したものを初発とする。提案は医療給付費について「経済規模に応じた『何かしらの管理目標』が必要」だと述べ、経済成長率やこれに一定率を加えたもの等、一定の指標に基づき医療給付費の目標を設定し、その枠内に収まるよう診療報酬(地域別設定もすでに提言されている)・薬価改定、保険給付範囲の見直し(保険免責制等)等の対策を進めるよう求めていた。議事録によると提案した吉川委員は次のように述べている。「マクロ指標による政策目標の設定」「抑制すべきなのは、公的な医療費」「耐えられる公的な負担については、当然、経済規模と連動する」「したがって、公的医療費ないし医療給付費は経済規模に見合って抑制しなければならない」「厚生労働省がマクロ指標の導入に反対している…これは大変不思議なこと」「医療制度の改革はミクロの積み上げだということに、何も反対して」いない、ただし「マクロとミクロのフィードバックが行われなければ、本気で公的な医療を管理することはできない」。
すなわち、経過を整理すれば、財務省や経済財政諮問会議は、「何かしらの管理目標」を設定し(マクロ指標)、経済と連動する形で医療費の抑制目標を提起し、厚生労働省はミクロの政策を積み重ねていくことで医療費を適正化する、という方策を示して対抗。結果、今日の(財務省建議に言わせれば)実効性のない医療費適正化政策になった。今回の建議はその「蹉跌から立て直す」ことを提言しているのであり、「マクロ指標による政策目標の設定」≒「医療費総額管理」を敢えて持ち出したものといえる。
実効性ある医療費適正化施策と「診療報酬」の在り方
その上で建議は厚生労働行政に対し実効性ある医療費適正化施策を求める。
「効率的で質の高い医療提供体制の整備」として、「人口当たり病院数・病床数が諸外国に比べて多いために病院・病床あたりの医療従事者数が手薄となるなど医療資源が散在」していることが、医療職の長時間労働の是正が進まない理由であり、新型コロナウイルス感染症患者の受入が進まない理由でもあることから、地域医療構想を実現すべき。「かかりつけ医がいない」こと「受診・相談センターに連絡がつながりにくい」ことなど、「外来医療へのアクセスには実際にはハードルが存在している」。だからこそ「緩やかなゲートキーパー機能を備えた『かかりつけ医』」の推進が必要と述べる。
そして、これらの改革を進めるために重要な役割を担うのが「診療報酬」であるとして、「具体的には、医療機関・医療行為単位の全国一律の出来高払い制度を基調とする診療報酬制度について、効率的で質の高い医療提供体制の実現に資する制度へと見直していく必要がある。入院診療の1日当たり包括払い(DPC)制度を見直すことや『かかりつけ医』の普及のための包括化の推進等により、医療機関相互の役割分担や連携を評価し、促すとともに、地域ごとの実情を反映できるものとしていく必要がある」と述べる。さらに補注では「今後の検討課題として、1点単価に地域差を設ける対応、1点単価を変えずに地方財政制度の基準財政需要同様に地域ごとに補正係数を乗ずる手法、地域加算の拡大を含め、診療報酬制度における地域差の反映方法について幅広く検討すべきである」。新経済・財政再生計画の改革工程表では、「高齢者の医療の確保に関する法律第14条に基づく地域独自の診療報酬について、都道府県の意向を踏まえつつ、その判断に資する具体的な活用策を検討し、提示」とされており、「こうした取組を通じて議論が深まることが期待される」としている。
コロナ対応軸にしつつも対抗運動強化が必要
この他、建議には「生活保護受給者の国保等への加入」や「後期高齢者医療制度における医療費適正化のためのガバナンス発揮」等、注目すべき論点が提起されており、引き続き検証が必要である。
今回の建議が持つ最も重大な意味は、①あらためて医療費総額管理目標の設定を打ち出したこと②そのための方策として診療報酬制度を見直し、活用することを促していることである。
国の視線はすでに、新型コロナウイルス感染症が一定収束することを前提に、ポストコロナの経済財政政策にある。新型コロナウイルス感染症がもたらした甚大な社会・経済への影響に対し、医療・社会保障制度のみならず、社会構造のあらゆる部面において彼らなりの解決策(あくまで新自由主義の立場を貫く形で)を仕掛けてきている。これが今日の情勢である。保険医運動は引き続き、新型コロナウイルス感染症をめぐって医療機関に降りかかる事態に逐一対応し、改善する運動を軸にしつつ、さらに広い視野を持ち、国の動きへの対抗を強めねばならない。