私のすすめるBOOK 心のケアにはひたすら虚心に語らいを聴くこと  PDF

 1995年1月17日午前5時47分、自院3階の住居にいて突然の激しい揺れに目が覚めた。京都府・大阪府では震度5で、震源地は淡路島北西部24㎞の活断層の中央部。その1分前に地殻にズレが発生した。数秒以内に神戸市の2本の断層にも連動した。街中ではビルの崩壊のみならず、阪神高速も倒壊するほどの、一部に震度7を含む震度6の大地震の発来で、ただちに併発した火災で死傷者が増大する大災害になったとある。
 安克昌(アンカツマサ)氏は、当時、神戸大学病院の精神科勤務の医師で、同日、妻子とともに神戸市の自宅で被災し、とにかく徒歩で出勤して、途中の惨事に唖然としたとか。病院は、被災傷害者への身体的な救急医療活動が急務で、災害から生じる精神的な障害へのケアの必要性を予期しつつも、まだそのあり方を模索の時期であったという。その後、妻子を大阪の里に疎開させ、被災者として勤務医として、市内の住居に留まり大学病院への単身赴任を継続して、通常的な入院・通院加療を継続するとともに、被災者の精神的なケアに個別的に避難の現場を巡り面談を開始するのである。その一環として、現地に赴任の既知の産経新聞記者河村直哉氏からの発案に応じ、被災者として精神科医師として現場の状況を新聞記事にして情報発信することになる。後日それらは本書の初版本にまとめられ、第18回サントリー学術賞に選定された。
 災害被災者の心のケアの必要性については、すでに、この阪神大震災のみならず奥尻島での地震・津波被災や雲仙普賢岳噴火による島原被災者への現地調査をも実施して説いた野田正彰医師から、物質的な援助に偏らぬ災害直後から災害後しばらくしての精神症状への対応をも含む『災害救援』(岩波新書401)が必要となる旨強く提言されていた。さらに、安医師は、自身が被災者としての心理的変調を体験し、また、周囲への実際的観察から、被災者の心理的経過として、ラファエル著『災害の襲うとき』を参照し、警戒期・衝撃期と幻滅期・再適応期の間に確かにハネムーン期があると実感している。外傷後ストレス障害PTSDの症状には、多重人格や解離性障害と近似する精神反応過程があるものとそれらを専門とする氏に洞察されるなど、興味深い。
 なお、安医師は2008年12月40歳に4日満たずに他界し、方々から惜しまれる。特に、河村直哉氏は、「傷ついた人へ」との題で氏の最期の頃のことを新聞連載し、『精神科医・安克昌さんが遺したもの―大震災、心の傷、家族との最後の日々』(作品社、2020)をまとめ、氏をモデルにしたNHKテレビドラマ「心の傷を癒すということ」の放映を誘導した。また、柄本佑主演の同名・劇場版21年上映の映画を最近私も涙目に見た。
(宇治久世・宇田 憲司)

『新増補版 心の傷を癒すということ―大災害と心のケア』
安 克昌 著 作品社発行
2020年1月5日 2,420円(税込)

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