政策解説 医療費抑制策突き進む医療法等改正法案 抜本的な政策転換が必要  PDF

 開会中の通常国会で審議中の「良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を推進するための医療法等の一部を改正する法律案(以下、法案)」は、国が新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)以前から手掛けてきた医療費適正化のための医療提供体制改革・医師制度改革の推進を目的としている。本紙でも繰り返し指摘してきたように、国の医療費適正化策は都道府県間の「医療費の地域差」縮減を目標に、病床数・医師数の医療提供体制のフラット化(低位平準型)を目指している。そのために6年に一度、都道府県に策定させるのが医療費適正化計画であり、同計画とリンクする医療計画・医師確保計画である。法案もそうした政策の延長線上にあり、コロナを経ても政策転換しないという国の宣言にも似ている。
 法案は、①医師の働き方改革の推進②地域医療構想の推進③外来医療の機能分化―の三つの柱で構成されている。

医師の働き方改革と暫定特例水準の解消

 2018年に働き方改革関連法が成立し、医師も時間外労働規制の対象となった。ただし、規制適用は法施行期日(19年4月1日)の5年後となる24年4月とされている。それを目指し、国は規制の在り方や労働時間短縮策等を「医師の働き方改革の推進に関する検討会」や「医師の働き方改革を進めるためのタスク・シフト/シェアの推進に関する検討会」等で議論を積み重ねてきている。これら議論経過は「長時間労働の医師の労働時間短縮及び健康確保のための措置の整備等」として法案に盛り込まれている。
 医師の長時間労働是正の取り組みは厚生労働大臣の定める指針に則って進められる。
 医師の時間外労働時間は、一般的な勤務医に適用される水準(A水準)、地域医療確保のための暫定特例水準(B水準、複数の医療機関で勤務する場合は「連携B水準」)、臨床研修医等が技能を修得する際の集中的技能向上水準(C-1臨床研修医・専攻医、C-2高度技能修得研修)に分類し、Aは年960時間、Bは年1860時間/月100時間未満(2035年度末を目途に終了)、Cは年1860時間/月100時間未満と各々上限が定められている。うち、A水準を超えてB・Cの時間外労働を行う医師が勤務する医療機関は「医師労働時間短縮計画(時短計画案)」を作成し(義務)、新設される「医療機関勤務環境評価センター」による第3者評価を受け、都道府県から「特例水準の指定」を受ける。計画は年1回、都道府県に提出せねばならず、計画の評価がB・C水準指定の有無をも左右する。指定されても医療機関の全医師に適用されるのでなく、「指定される事由となった業務に従事する医師にのみ」適用となる。特例水準を受けた医療機関は健康確保措置(面接指導、連続勤務時間制限、勤務間インターバル規制の実施)の実施が求められる。
 医師の時間外労働の短縮は重要課題であり、各医療機関による時短の取組みを公的にバックアップする仕組みの創設も否定すべきでない。また指定は、B水準・連携B水準の時間外労働時間を恒久的に許容するものでなく、「暫定特例水準」として2035年度末を目標に解消が目指される。そしてこの「解消」こそ、法案の主要テーマである。
 解消策の一つがタスクシフティング/シェアリングである。20年12月の「議論の整理」を踏まえ、「静脈路の確保とそれに関連する業務」の臨床放射線技師・臨床検査技師・臨床工学技士へのシフトが法案に盛り込まれている。また「議論の整理」には法改正なしに推進すべきものとして、ⅰ)説明と同意、ⅱ)各種書類の下書き・仮作成、ⅲ)診察前の予診等 、ⅳ)患者の誘導のシフトが書き込まれている。
 法案に盛り込まれた「共用試験」の「公的化」とstudent doctorの法的な位置づけも「暫定特例水準の解消」との関係で見ると不安を惹起する。医道審議会医師分科会報告書(2020年5月)の提言を受け、共用試験を医師国家試験の受験要件とし、臨床実習までに一定水準の技能・態度に達していることを確認する仕組みだが、同時に国はこれをもって student doctorの法的な位置付けが可能になると述べている。背景に労働時間短縮のための安上がりな医学生の活用との発想があるのだろうか。

新興感染症対策は「柔軟性」で乗り切れ

 国は医師の時短実現と暫定特例水準解消に向け、「長時間労働を生む構造的な問題への取組」が必要 とし、医療施設の最適配置の推進(地域医療構想・外来機能の明確化)、地域間・診療所間の医師偏在の是正、適切な受診の促進(患者の受療行動の変化)をあげている。これらは医師の働き方改革と本来無関係に国が推進してきたものであり、働き方改革を梃子にその貫徹を目指す姿勢はあまりにあからさまである。
 とはいえ医療崩壊を現実に引き起こしたコロナを無視しては法案の支持は得られない。そこで国は、医療政策における新興感染症の位置づけをあくまで「イレギュラーなもの」に過ぎないと整理する作戦に出た。それを体現するのが「新興感染症を医療計画の5疾病5事業に加える」ことに他ならない。
 国は、コロナが引鉄を弾いた医療崩壊の理由を医療提供体制の「柔軟性のなさ」のみに求める。そこで機動的な対策を講じられるよう、あらかじめ地域の行政と医療関係者間で議論・準備を行うこと、そのため2024年度からの第8次医療計画からへの記載を法定化する。例示された具体的記載事項は別表のとおり。
 平時から、行政が中心となり新興感染症拡大時の医療体制について合意形成をはかる必要性はある。だが病床逼迫の要因を柔軟性のなさだけに求める態度は許し難い。病床数・医師数を抑制し、診療報酬体系で経営を束縛してきたことが医療崩壊の元凶にある。この視点もなく医療計画に新興感染症を位置付け、自治体・医療機関に対応をまる投げするとは、言語道断である。

地域医療構想の見境なき推進

 その上で、国は「新型コロナ対応が続く中で」も、「人口減少・高齢化」「医療ニーズの質・量が徐々に変化」「マンパワーの制約も一層厳しくなる」という従来からの地域医療構想の必要性は変わっていないとし、「感染拡大時の短期的な医療需要には、各都道府県の「医療計画」に基づき機動的に対応することを前提に、地域医療構想については、その基本的な枠組み(病床の必要量の推計・考え方など)を維持しつつ、着実に取組を進めていく」。「公立・公的医療機関等において、具体的対応方針の再検証等を踏まえ、着実に議論・取組を実施するとともに、民間医療機関においても、改めて対応方針の策定を進め、地域医療構想調整会議の議論を活性化」するとしている。その推進策として、法案には「病床機能再編支援制度について、2021年度以降、消費税財源を充当する」こと、すなわち病床削減・廃止を伴う病院統合を後押しする財政支援制度の実施が盛り込まれた。

外来医療の機能の明確化・連携

 さらに新たな「外来医療」コントロール策も盛り込まれた。地域医療構想の外来版とでもいうべき「外来機能報告」である。国は①医療資源を重点的に活用する入院の前後の外来②高額等の医療機器・設備を必要とする外来③特定の領域に特化した機能を有する外来(紹介患者に対する外来等)を「医療資源を重点的に活用する外来」(仮称)と位置づけ、地域における外来医療機関を「かかりつけ医」と専門外来的なものに分別することを構想しているとみられる。これは当面、病院と診療所間の機能分化が目指しつつも、将来は診療所間の機能分化や適正配置を視野に入れたものと考えられる。今回、外来機能報告が導入されるのは病院と有床診療所であり、無床診療所は「努力義務」だが、早晩義務化されるであろう。また、機能分化を後押しする方策として、大病院受診時の定額負担の対象に「医療資源を重点的に活用する医療機関」を加えることも予定されている。

抜本的な政策転換なしに苦難の解決はない

 先に述べたように、国は医師数の差異が医療費の差異を生む大きな要素と考えており、都道府県単位に医師数を平均化することが医療費適正化につながる、と考えている。平均化の前提として、医師総数を維持するか、増やすか、減らすかが基本的な選択肢となる。コロナ以前、国は医師需給推計で将来の医師余剰を推計し、医師不足を否定。その上で、医師偏在指標を策定し、全都道府県・二次医療圏を「医師多数区域・少数区域・どちらでもない区域」に分別し、多数区域から少数区域への医師異動や多数区域での就業・開業規制によって偏在解消を目指す仕組みをつくった。その延長線上に法案がある。新型コロナウイルス感染症を経てもなお、何ら変わらない医療費抑制政策を象徴するのがこの法案である。抜本的な方針転換なしに、医療機関と人々の苦難は解決しない。

(別表)
平時からの取組
感染拡大に対応可能な医療機関・病床等の確保(感染拡大時に活用しやすい病床や転用しやすいスペースの整備)
●感染拡大時を想定した専門人材の確保等(感染管理の専門性を有する人材、重症患者に対応可能な人材等)
●医療機関における感染防護具等の備蓄
●院内感染対策の徹底、クラスター発生時の対応方針の共有等

感染拡大時の取組
●受入候補医療機関
●場所・人材等の確保に向けた考え方
●医療機関の間での連携・役割分担(感染症対応と一般対応の役割分担、医療機関間での応援職員派遣等)等

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