(40歳代後半男性)
〈事故の概要と経過〉
患者はサンドバックを右手拳で叩いて受傷し、その3日後に近隣のA医療機関の整形外科を受診した。レントゲン検査で、右第5中手骨頚部骨折、転位ありと診断され、紹介されてその2日後に本件医療機関で髄内釘を用いて観血的整復固定術を受けた。手術の約1カ月後に、整形外科経験3年の研修医(卒後5年)が局所麻酔をして透視下で抜釘手術を実施。中手骨近位のワイヤー刺入部をイメージ影写の2方向で確認し、刺入部にキシロカイン?で局所麻酔後、前回手背皮切部の近位で6㎜程度を切開した。神経や腱の損傷を避けるために、モスキート鉗子で鈍的に剥離後、ワイヤーを探ったがその把持に難渋して、数回にわたりワイヤー周囲を剥がしたりつまんだりして操作された。この操作は10分間以上行われたがワイヤーが把持できず、横に付いていた先輩医師と交代して抜去された。抜釘術から約1週間後、患者は薬指の痛み等があったためA医療機関を受診したところ、手背第4第5中手骨中央付近からMP関節までの知覚脱失と、皮切部分にチネルサイン様の知覚過敏が認められた。抜釘術約2カ月が経過したが、痺れや痛みが続いて症状が改善されないとのことだった。
患者は、抜釘術時に神経損傷が生じ、手技上の医師の過失によるとして、訴訟を申し立てた。
医療機関側は、ワイヤーの刺入時も抜去時も、神経や腱が損傷しないよう注意して行うべきことは認識していたが、傷跡の拡大を考慮して小さく皮膚切開した。結果的に抜釘もはワイヤーを探るのに時間がかかってしまい、神経損傷の可能性が大きくなってしまった。小さな切開に拘らずに基本通り大きめに切開していれば、神経損傷を回避できた可能性が高かったとして過誤を認めた。なお、医療費は過誤の可能性が極めて高いと判断したので、保留していた。今後の予防策としては、医師の実力に応じて切開を十分にすることと、神経損傷の可能性のある場合はどの手術においても、その説明を患者側にするとのことであった。
紛争発生から解決まで約2年2カ月間要した。
〈問題点〉
医療上の技術過誤として①が認められた。
①神経損傷の可能性を予見して注意し、抜釘時には神経損傷を回避できるよう十分に切開するべきであり、施術上での不手際が生じた。②抜釘術時の同意書には神経損傷の危険性について言及されていなかった。説明不足ではあるが、抜釘術の受療あるいは拒否への自己決定権が侵害されたものとは認められず、説明義務違反とまでは認められない。③結果的には先輩医師がもっと早く施術を交代した方がよかったとも言えるが、どの時点で神経損傷が生じたかは特定できず、術者の交代により予防できたかは不明である。④比較的細かい神経(指神経)の損傷と推測されるので、研修医の手技が未熟であったとしても不可抗力性も否定できない。
〈結果〉
裁判所から和解勧告がされたが、患者側が拒否して判決となった。判決額はほぼ和解勧告額と同様で、患者側請求額の約5分の1であった。
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