全世代型の社会保障制度を構築するための健康保険法等の一部を改正する法律案(以下、法案)が2月5日、国会提出された。名称から察することができるように、2020年12月15日に閣議決定された「全世代型社会保障改革の方針」(以下、方針)ⅰを踏まえたものであり、菅内閣が目指す社会像「自助・共助・公助」そして「絆」を「基本的な考え方」に据えた法改正である。
社会保障の基本は公的責任
まず指摘せねばならないのは、菅首相の言う「自助・共助・公助」なる理念(らしきもの)は社会保障制度に持ち込んではならないものだということである。
遡れば国が地域包括ケアシステムを叫び始めていた2010年、コンサルティング会社である三菱UFJリサーチ&コンサルティングが「地域包括ケア研究会報告書」で持ち出したのが「自助・互助・共助・公助」論だったⅱ。菅首相は知ってか知らずか「互助」(助け合い)と「共助」(保険制度)を混濁させて使っているが、基本的な意味に違いはない様子である。まずは自分の力で生きよ、困った時には国家が助けてあげるから、との考え方は一見理が通っているようにも思える。だが、社会保障制度とは国の責任ですべての人たちの生存と健康な生活を普遍的に保障するものである。この原則を踏み誤ってしまうとどのような事態に落ち込んでいくか。それを示すのがいまだ捕捉率2割台に止まる生活保護制度の実情、またサービスを受けないことを「自立」と呼び替え、徹底してサービスから人々を排除しようとする介護保険制度の現実である。すなわち、自助・共助・公助論は社会保障の理論としてはあり得ない発想なのである。全世代型社会保障改革はそれを誇らしげに謳いあげており、その時点で警戒すべきものに他ならない。
方針は、「少子化対策」と銘打って①不妊治療への保険適用等、②待機児童の解消、③男性の育児休業の取得促進を、「医療」分野では①医療提供体制の改革、②後期高齢者の自己負担割合の在り方、③大病院の患者集中を防ぎかかりつけ医機能の強化を図るための定額負担の拡大―以上を具体的に提案している。
このうち、医療②が今国会に提出の法案に盛り込まれ、③は別法案である「良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を推進するための医療法等の一部を改正する法律案」に関連内容が盛り込まれている(次号以降解説)。なお、方針は後期高齢者医療の自己負担割合の在り方について、「現役世代の負担上昇を抑えることは待ったなし」、「少しでも多くの方に『支える側』としてご活躍いただき、能力に応じた負担をいただくことが必要」などと説明している。
健保法改革法案の概要
以下、健保法改革法案の概要を紹介する。
第1に、後期高齢者医療制度への2割負担導入である。現行の後期高齢者医療制度における患者一部負担金は、原則1割(一般・低所得者)と現役並所得者の3割だが、課税所得28万円かつ年収200万円以上の層を対象に2割負担を導入する。ただし、外来医療については施行後3年間に限り、1カ月の負担金を最大3000円に抑える措置(配慮措置)を設ける。施行予定は令和4年度後半と曖昧であり、今後政令で定める。
第2に、傷病手当金の支給期間の通算化である。現行法では傷病手当金が支給されるのは被保険者が業務外の理由により労務に服することのできなくなった日から起算して3日目より1年6カ月を超えない期間とされ、途中一時的に就労しても、就労期間が1年6カ月に含まれる。法案はその支給期間を通算化し、入退院を繰り返した場合も、計1年6カ月分の支給を可能とする。
第3に、任意継続保険者制度の見直しである。同制度は健康保険の被保険者が、退職後も引き続き最大2年間、退職前に加入していた健康保険の被保険者になることを選択できる仕組みである。国保移行時の急激な負担増を緩和する意味を持たされた仕組みだが国の医療保険部会では16年段階ですでに廃止を求める声があがっていたⅲ。法案は同制度が適用される被保険者の保険料について、「従前の標準報酬月額または当該保険者の全被保険者の平均の標準報酬月額のうちいずれか低い方」とされているのを、「退職前と同等の応能負担を課すことが適当な場合もある」とし、「健保組合の規約により、従前の標準報酬月額とする」ことを可能とする。また被保険者期間を2年から1年に縮小することも検討されたが採用に至らず、「被保険者の任意脱退を認める」旨が盛り込まれている。
第4に、育児休業中の社会保険料免除要件の見直しである。現行、被保険者が育児休業等を取得している場合、保険料負担の全額が賞与時の保険料も含んで免除される仕組みであり、「月末時点」で育休を取得していることが要件である。法案は「月末時点」に加え、同月中に2週間以上育休を取得した場合にも免除を認める。
第5に、子どもにかかる国民健康保険料等の均等割額の減額措置である。国民健康保険料の保険料は応益割と応能割で構成されており、応益割は均等割と平等割、応能割は所得割と資産割で構成されている。このうち前者の均等割について、被保険者世帯の未就学児にかかる均等割は5割軽減し、公費をあてることとする。
第6に、効果的な予防・健康づくりに向けた保健事業における健診情報等の活用促進である。小泉政権時の医療制度構造改革によって導入された特定健康診査(特定健診)は従来の市民健診制度を廃止し、保険者を実施主体に40歳以上の国民を対象に実施されている。特定健診は労働安全衛生法上の事業主健診等をそれに替えることが可能とされており、保険者は特定健診データ同様、事業主健診のデータを入手している。法案は40歳未満の特定健診の対象ではない人の事業主健診データも保険者が入手可能にするものである。国の推進するレセプトや健診データを用いたデータヘルス事業の推進等に役立てる狙いがある。
第7に、国民健康保険の取組強化である。現在の国民健康保険は都道府県と市町村が共同で保険者を担い、運営されている。医療費の地域差是正を目標に、各都道府県に医療費適正化計画を策定させ、都道府県は地域医療構想や医師確保計画を使って医療費抑制に資する医療提供体制改革を推進する。その成果が保険料の高騰を抑えるとともに都道府県内の医療資源の適正配置によるフラット化を実現させ、保険料の統一化が可能となる。これが国の描く絵であり、都道府県の方針に統一保険料の目標化を書き込ませることを法案に盛り込んでいる。また市町村による一般会計から特別会計に国保事業の赤字解消等のための財政投入(法定外繰入)の解消を求め、これも方針に国保運営方針に書き込ませる(努力義務)。
第8に、生活保護制度における医療扶助受給者へもオンライン資格確認を導入する。2020年12月に閣議決定された「デジタル・ガバメント実行計画」の工程表にも記載されている。
コロナの教訓全く反映なく
以上が法案の主な項目である。一定の合理性があると考えられる点や改善といえる面もあるが、後期高齢者医療医療制度の一部負担金の2割導入等、医療保障の観点から看過できない法案である。それ以前の問題として、法案は新型コロナウイルス感染症の拡大がもたらした人々の困難を理解していないものと言わざるを得ない。感染症によるリスクが高い高齢者をさらなる受診抑制に追い込みかねない改正は、公衆衛生政策として正しいのか。国民健康保険加入者の半数近くを占める自営業者の方、非正規雇用の方を含む被用者の方たちがコロナ禍で受けた影響を把握しているなら、保険料をさらに軽減する施策こそ行うべきであるにもかかわらず、市町村が自主的に保険料の高騰を抑制する法定外繰入さえ止めさせようとする発想が理解できない。コロナ禍があろうがなかろうが、国には目指してきた制度像があり、それに向けて粛々と仕事をしているに過ぎないのだろう。だが、人々が被る現実の困難の前に、まずは自らの政策が本当に今日の情況にふさわしいものなのかを考えなおしてみた方が良いだろう。
ⅰ 「全世代型社会保障改革の方針」(20. 12. 15閣議決定)
ⅱ 『国がすすめる地域包括ケアを考える』(京都府保険医協会編・かもがわ出版刊)
ⅲ 第121回社会保障審議会医療保険部会資料 (19. 11. 21)