医師が選んだ医事紛争事例 133  PDF

心筋梗塞の紹介患者を時間外受診のため診ずに帰宅させた

(60歳代前半男性)
〈事故の概要と経過〉
 患者は胸部等に不快感があり嘔吐等したため、A医療機関を受診した。そこで胃腸炎が疑われたが、翌日に再来院したところ、本件医療機関を紹介された。本件医療機関の医師は「胃腸炎か急性心筋梗塞(AMI:acute myocardial infarction)か分からない患者が紹介状を持参し受診してくる。心臓カテーテルが必要かもしれない」との情報をA医療機関からすでに電話で得ていたが、通常窓口として知らせるべき地域連携室に連絡をしなかった。同日の時間外に患者が紹介状を持参して来院したが、受付ではその患者のことを知らされていなかったので、地域連絡室と循環器内科の看護師に確認したところ、両者ともその患者の情報は得ていなかった。受付事務は患者に時間外なので救急外来を受診するかと尋ねたところ、付き添いの長男が明日なら時間内に来られるので明日来ると言ったので、緊急性がなかろうと判断して当日の緊急受診までは勧告することなく、患者を帰宅させた。翌日に受診したところ、諸検査によって心筋梗塞と診断されたので、緊急での心臓カテーテルの後に、経皮的冠動脈形成術(PCI:percutaneous coronary intervention)が実施され入院となった。その後1カ月後に退院した。
 患者側は、患者の娘の夫が中心となり、治療開始が1日間遅れたために、身体機能の低下、就労上の障害、死亡していた可能性もあったとして、額は明確でないが賠償を仄めかしてきた。
 医療機関側は、心筋梗塞の患者が胸部等に不快を感じた日からその翌日の未明に発症したものと推測した。他院からの紹介患者に対する事務連絡が滞っていたことは過誤として認めたが、発症時期から考えると1日間の遅れに関して、患者の予後に大きな影響はなかったと判断した。なお、A医療機関から電話を受けた医師は救急の紹介患者であれば、受付に事前連絡をしなくても、自動的に引き受けると思い込んでおり、事務が医師に確認を取らずに、患者を帰すとは考えていなかったとのことだった。また、過去に同様のミスがあったが改善に至らず、さらに時間外の患者に対しては、事務が独断で患者を帰すことが慣習化していたとのことだった(その頻度は不明)。今後の予防対策として患者情報伝達の一元化を改めて徹底することにした。患者は現在リハビリ中で、日常生活に大きな支障はないが、仕事に戻ることは困難とのこと。さらに、同居している患者の長男は知的障害があるらしく、患者自身も生活保護を申請中とのことだった。ただし、医療費は支払っている。
 紛争発生から解決まで約7カ月間要した。
〈問題点〉
 医療機関側の時間外の対応・システムには大いに問題があり、早急に改善を求めた。この点については過誤が認められるが、1日間治療が遅延したことによる患者の予後に、影響はほとんどなかったと言えるだろう。
 また、本件医療機関はA医療機関の診療上での対応に問題があったのではと、その可能性を示唆した。確かにA医療機関(消化器科)で心電図までは撮っていなかったが、自院では医療水準を満足させる診療を担保できないとの判断をして、対応できる他医療機関への転医勧告をしたものであり、診療上の過誤はないと考えられる。むしろ、心筋梗塞を疑い本件医療機関に紹介したことは、スタンダードであり十分な対応であったと思われる。ただ、紹介先の医師による診療担当時間内での患者の受診や診療の実施が電話のみで担保されるとは限らず、本件のように時間外に受診が遅れ、緊急ないし時間外において実施されなかったことを考慮するならば、紹介状には緊急受診を要する可能性がある旨の明記が必要とも考えられる。
〈結果〉
 院内での紹介患者に関わる診療情報の伝達過誤は明らかであったが、患者のいわゆる実損が不確定のため、若干の見舞金を提示したところ、患者は受け取らずに、その後の連絡等も途絶えたので、立ち消え解決と判断された。

ページの先頭へ