(60歳代後半女性)
〈事故の概要と経過〉
患者にはペースメーカーが埋め込まれており、ワーファリンコントロール中であった。本件医療機関には右肩関節周囲炎で初診。関節内注射を23G針で右肩に受けた。その後も2回にわたり同様に注射を受けたが、特に異常はなく当初の痛みは改善した。その後も通院していたが、右肩の他に右変形性膝関節症の診断のもとに、右膝にも関節内注射が施行された。翌日になって、患者は来院時に右膝の痛みを訴えた。診断は右膝関節内血腫(++)で関節穿刺して注射により血腫を除去したが、すでに凝固している部分もあり完全には除去できなかった。患者はその後、A医療機関とB医療機関を受診して、A医療機関からは血腫除去術を勧められた。
患者側は、ワーファリンを処方されているのに注射を施行したから血腫が発現したと訴えた。肩よりも膝は体重がかかるので出血し易かったことを予見できなかったのかと、注射施行に対して医師の適応判断の過誤を指摘した。
医療機関側としては、ワーファリンが当該患者に投与されていることは知っていたので、23Gの針を使用して慎重に注射を施行した。しかし、ワーファリンのコントロール状態までは把握しておらず、関節内血腫発生までの予見が無理であるとしても、出血傾向が予見できる患者に対して注射の適応があったと判断できるのかが問題だった。
紛争発生から解決まで約3年5カ月間要した。
〈問題点〉
右膝関節内注射の適応はあったと考えられた。医師は患者のワーファリン投与を知っており、23Gの注射針を選択・使用したことは患者の出血傾向を考慮して十分に慎重にしていた根拠となろう。また、説明義務に関して保存的療法の説明はしていない。患者はワーファリンコントロール中に右肩の注射を自ら希望しているが、膝関節の出血の可能性について説明を追加していれば、患者本人が注射の利得と出血の危険性を比較衡量して、関節注射を思い止まった可能性もあり、説明義務違反に相当したとも考えられる。したがって、患者の自己決定権が侵害されることにもなる。1990年1月9日の日本医師会第2次生命倫理懇談会の「説明と同意」についての報告で推奨された説明項目は、①症状と病名の現状②これに対してとろうとする治療の方法③その治療方法の危険度(危険の有無と程度)④それ以外に選択肢として可能な治療方法とその利害得失⑤予後、すなわち、その患者の疾病についての将来予測―である。患者には、それらを侵襲的な治療の開始前によく説明しておく必要がある。なお、これらの項目は厚労省通知「診療情報の提供等に関する指針」(医政発第0912001号、2003年9月12日)にも含まれる。
〈結果〉
医療機関側がどの程度、患者に説明したかは不明であったが、説明の後に患者側からのクレームが途絶えて久しくなったので、立ち消え解決とみなされた。
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