医師が選んだ医事紛争事例 116  PDF

抗がん剤の過剰投与にて死亡
(50歳代前半男性)
〈事故の概要と経過〉
 患者はA医療機関で肝障害と診断され、後日、当該医療機関に紹介受診した。患者は、CT・胃カメラ等の検査結果から、噴門部胃がんの肝転移で、「手術適応はなし」と診断され、抗がん剤治療(TS―1+CDDP療法)のため10日間の入院となった。なお、TS―1は入院時から退院後も含めて3週間毎日投薬され、またブリプラチンR85㎎は、入院中および退院後に3回点滴投与された。その後、患者は転倒したことで再入院した。血液検査の結果、骨髄抑制(白血球800、血小板9000)、腎機能障害、肝機能障害のため、中心静脈栄養経路から補液と濃厚血小板の追加投与をしたが、翌日に死亡した。後日、ブリプラチンRの投与について検討され、通常療法においては少なくとも3週間休薬が必要であり、1回目の投与から2回目の投与までは3週間の休薬期間が確保されていたが、入力・修正時の手違いから3回目はその期間が十分あいておらず処方・投与されて死亡していたため、過剰投与と発覚した。
 患者側は、代理人を立てて賠償金を請求した。
 医療機関側としては、当該医師の不注意による抗がん剤の過剰投与を認め、遺族への説明を行うとともに警察に届け出た。
 紛争発生から解決まで約2年4カ月間要した。
〈問題点〉
 医療機関が新しい電子カルテを導入したばかりで、医師がその取扱いに慣れていなかったことが抗がん剤の過剰投与の原因となった。紙カルテであれば今回の事故は発生しなかったとの可能性を示唆したが、電子カルテ導入時の不慣れが理由にならないことは明白である。他の抗がん剤による副作用の可能性もあり得るため、因果関係の証明要件から嫌疑不十分となる可能性もあるが、業務上過失致死傷害罪の事件として、刑事事件に発展する危惧もあった。医療機関側が可能な限りの誠意を示し、そのためか民事賠償だけで終結することができた。刑事事件になる可能性がある医療事故・過誤を万一起こした場合にも、可能な限りの誠意(金銭的以外にも)を示すことが患者側にとってもいかに重要であるかをあらためて学ばされる事案であった。
〈結果〉
 医療機関側が全面的に過誤を認めるとともに、謝罪をして代理人を通して示談した。

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