患者・地域に丹念に向き合う開業医像、ここにあり
高本 英司(全国保険医団体連合会副会長大阪府保険医協会理事長)
社会科学の本を読む時は、それぞれの時代を投影する政治や経済の出来事にどのような特徴的なものがあったのか、その社会現象が働く人々にとって現在・未来にどんな影響を与えるのか、関連付けながら読むようにしています。このようなスタイルは、単に年を取り俯瞰的・大局的に見通せるようになったからだけでなく、年を取ることによってさまざまな人々の生活の苦労が見えるようになってきたからかもしれません。その意味で本書は、時系列的に国家が国民に示す一貫した医療政策の狙いと評価が簡潔にまとめられていて勉強になりました。
医師、特に保険医という立場、患者・住民の中に深く根を下ろした保険医という立場を、若い時期からしっかり確立するためにも、開業医医療の未来を展望する本書が示すような建設的な作業が、重要であると感じます。私が勤務医になった1973年は、「福祉元年」とベトナム戦争終結、オイルショックの年でした。患者を目の前にして臨床技術の習得に明け暮れ、それが楽しくて社会医療分野の学習は単に知識のみでどこか上の空でした。医師としてようやく足が地に着いた80年代に入り、「医療費亡国論」、第一次医療法改定あたりから、自治体病院の統廃合、患者の早期退院・外来窓口負担増など、勤務医としての生き方も問われるようになりました。しかし国民皆保険は大切だと思いながら、勤務保険医であることを強く意識することもなく、重要性を感じないまま月末のレセプト点検業務をこなしていました。
94年開業医医療に取り組むようになり、小泉内閣の新自由主義医療政策、安倍内閣の社会保障・医療の本格的解体政策に付き合わされます。保険医協会先輩諸氏の苦労話を拝聴する中で、初めて保険医の重要性に気づきました。保険医制度の大切さをすべての開業医に訴え、世界的にも稀有な開業保険医・自由開業制、国民皆保険という制度を守ることが、骨太の方針と対峙する今一番大切な課題です。我が国から保険医が消滅する事態を想像したくありません。
京都府保険医協会と大阪府保険医協会は戦後まもなく、思いを共有し協力し合いながら誕生しました。人の命を救うこと、皆保険制度を充実させること、そのために医師の専門性を発揮することが柱でした。保険医はそのためにあります。開業保険医は社会保障を住民とともに守る砦です。
本書では医療改悪政策の流れが概括され、対抗する政策が随所で展開されています。また開業医療者が真摯に患者・地域に丹念に向き合っている実践が報告されています。多くの皆さんが一読されることをお勧めします。
開業医医療崩壊の危機と展望―これからの日本の医療を支える若き医師たちへ
京都府保険医協会・編
かもがわ出版、定価本体1700円+税、2019年11月