岡﨑 祐司(佛教大学社会福祉学部教授)
医療政策・医療制度を論じる場合、その視点、分析方法論は多様であってよい。経済学者、社会政策学者や医療の専門家だけしか、論じる資格がないというものではない。哲学、宗教学、社会学、歴史学、市民運動家、ジャーナリスト、そして一市民など、それぞれがそれぞれの視点から論じてよい。なぜなら、医療は患者・市民のために存在しているからである。しかし、医療現場を軽く見て、医療専門職に敬意をもっていない〝偉い研究者〟のみなさんが、国家財政抑制を所与のものとし、医療における営利主義拡大・市場原理拡大が最適の答えであるかのように論じているのには、違和感をもつ。利益を機敏に判断し行動する近代的経済人、市場個人主義的な人間像を前提に市場原理が医療制度の諸問題を解決できると主張する論考には、辟易する。人間の複雑な心情や生活のなかにある困難、貧困や格差に目を向けていないのではないか、その疑問が違和感の要因である。
本書は、医師でも学者でもない、医療制度と医療現場を知り尽くした保険医協会のエキスパートたちが執筆者であり、生活問題や貧困に目を向け、多くの人々が置かれている苦しい状況に寄り添う立場にたち、国民の医療保障を展望する道筋を明らかにしている。
医院経営に役立つというふれ込みで、経営資源として診療報酬や制度改革を扱う書籍は少なくない(けっこう、高価だが)。制度や改革の今の断面を分析したものとして参考になるであろうが、なぜ、このような改革になっているのか、それには歴史をたどることが不可欠である。医療保険制度がつくられ、それがどのような歴史(政府、医療界、国民要求の運動)のなかで形成されてきたのか、単なる変遷ではなく、現場の声、国民の要求を踏まえて歴史をとらえているのが本書の特徴である。意外にもこうした歴史のダイナミズムをおさえた戦後医療制度史の本は少ない。その意味でも本書は貴重である。
もうひとつ重要なことは、本書は開業医の役割と専門性、〝個性〟を重視している点である。私は、いま進んでいる医療制度改革が、開業医制度に新自由主義的な力で手をつっこむ―市場原理主義と国家統制の両方の手段で―ことになるのではないかと、危機感をもっている。本書を読めば、この改革のもつ意味や意図が理解できる。
医療制度の歴史、改革の真の意図がわかりやすくつかめる。それは、執筆者が開業医とともに歩み国民の医療保障を運動的に追求してきた成果である。医療関係者だけではなく、医療の充実を願っている市民にも、ぜひ読んでいただきたい。なにより、リーズナブルな定価である。
開業医医療崩壊の危機と展望―これからの日本の医療を支える若き医師たちへ
京都府保険医協会・編
かもがわ出版、定価本体1700円+税、2019年11月