医師が選んだ医事紛争事例107  PDF

裁判で医療機関が根負けした死亡事例

(50歳代前半女性)
〈事故の概要と経過〉
 この患者は、強い頭痛のため救急車で来院。CT脳血管造影撮影の結果、右中大脳動脈付近の出血が認められ緊急手術が実施された。脳動脈瘤部分のクリッピング、皮下ドレーン、脳槽ドレーンを装着。その後、脳槽ドレーンが抜去されたが、同日に容態が急変して脳血管攣縮の進行が確認され、数日後に死亡した。
 患者側は、注意義務違反があったと主張して調停を申し立てたが不調となり、訴訟を申し立てた。
 医療機関側は、容態の急変はドレーン抜去と因果関係は否定できないものの、患者の死亡は注意義務を履行した上での不可抗力であり、医療過誤は認められないと主張した。ただし、患者・家族に対して、くも膜下出血が極めて危険な疾病であることは十分に伝えたつもりとしているものの、説明を詳細に記載したカルテはなかった。また、この患者は急変前から不穏行動が多分に認められていた。そのため、担当医師は急変時に以前からの不穏行動が続いているものと考え、早急に患者を診なかったのも事実である。しかし、仮に急変時に早急に対応していたとしても、患者の予後に影響があったとは考え難いとのことであった。
 紛争発生から解決まで約4年6カ月間要した。
〈問題点〉
 右中大脳動脈破裂動脈瘤によるくも膜下出血に対し、同日診断の上、緊急で動脈瘤クリッピング、脳槽ドレナージ、皮下ドレナージが行われた。手術に問題はない。術後経過は良好であった。術後の説明で、脳動脈瘤術後に生じる可能性のある脳血管攣縮についても説明されており、家族は了解していると考えられる。その後に脳槽ドレナージを抜去しているが、それまでに臨床上、CT上、頭蓋内の問題はない。ただ、皮下の腫脹が徐々に大きくなったが、なぜそうなったのかは不明だった。脳槽ドレナージの効きが悪く髄液が皮下に貯留したのか? しかし、急激な意識障害を生じさせるものではない。
 突然に意識障害、左半身麻痺が出現したが、その原因はくも膜下出血後の脳血管攣縮による脳梗塞が原因と考えられた。その後のCTの経過からも、診断学上それで問題ない。また術後の胸部X線写真の経過を見ると、神経原性肺水腫が生じた可能性が強い。脳槽ドレナージ抜去と意識障害とは無関係と考えられた。術後13日目ぐらいにドレナージを抜去するのは通常のことだからだ。また脳血管攣縮が、くも膜下出血後2週間ぐらいで発症することも十分あり得る。問題点は、脳槽ドレーンの先端の培養で細菌が検出されているので、髄膜炎があったかもしれないという点である。
 また、CRPが術後どんどん高くなっている。意識レベルが急激に低下していることからすると、仮に髄膜炎があったとしても死亡の直接原因とは考え難い。
 病態の経過からみて死因は、くも膜下出血後の脳血管攣縮で発症した右脳の天幕ヘルニアによる脳幹障害と考えられた。説明にも問題ない。
〈結果〉
 医学的には過誤は認められなかったが、医療機関側が根負けをした形となり、和解金を支払い和解した。なお、和解額は訴額の70分の1以下であった。

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