医師が選んだ医事紛争事例 103  PDF

心疾患を疑えない患者が心停止して植物状態に

(50歳代後半女性)
〈事故の概要と経過〉
 当該患者は生牡蠣を摂取した翌日の夜中より嘔気が出現した。1時間以上経過しても症状が続くため、当該医療機関を救急受診した。当直の外科医師は生牡蠣による急性胃腸炎を疑い、制吐剤・点滴治療を開始した。数十分後、患者に付き添っていた家族から、患者がいびきをかき呼びかけても応答がないとの連絡を受けた。ただちに診察したところ、いびき様の呼吸で意識・対光反射もなく、脈拍も触知せず血圧測定も不能であった。ただちに心臓マッサージを施行し、アンビューバッグにて呼吸を補助しながら心電図モニターを装着したところ、心室細動が確認された。前胸部殴打を数回繰り返したが、心室細動は改善されず、電気的除細動を施行したところ、心停止に移行した。
 その後、強心剤の静脈内投与により、再度心室細動が出現し自発呼吸も完全に停止した。気管内挿管による人工呼吸下に心臓マッサージを行いながら、電気的除細動・強心剤投与を施行した。一時的に心拍が再開したがすぐに心室細動へと移行が繰り返され、点滴内に抗不整脈剤を混入し静脈内持続投与を行った。十数回の電気的除細動と強心剤投与を繰り返し、心室細動より回復し、心拍再開・頸動脈の微弱な拍動を確認した。しかし血圧は測定不能の状態が続き、その後血圧が100㎜Hg台まで回復したが、自発呼吸および意識の回復はみられず、対光反射も認められなかった。その後、血液検査、胸部レントゲン、頭部CT、心電図検査を行い病棟で人工呼吸器を装着した。継続的に頭部CT検査を実施したが、脳の萎縮を認め、脳波の波形はフラットの状況であり、時折開眼はするがほぼ植物状態となった。
 患者側としては、次の2点についての照会書を当該医療機関に提出した。
 ①患者は腹痛・下痢の症状はなく高血圧であり、脇が詰まった感覚と背中の痛みを訴えたが見過ごされた。当直医師の診察は適切であったのか。
 ②点滴治療中に病状が急変したとき、付き添いの家族からの訴えがなければ心肺停止にも気付かなかった医療機関の体制は適切であったのか。
 医療機関側としては、①について心疾患あるいは急性腸炎であったのかは分からない。たとえ検査をしても異常所見が出ない可能性が十分考えられ、腸炎を否定する所見がなければ同様の結果であった。またこのようなケースでは、血液検査・心電図は通常行っていなかったが、リスクマネジメントの観点から、今後の救急外来においては最低限血圧脈拍測定を行うよう改善した。②について患者を放置してはおらず、付き添いの家族が離れたときは看護師が付き添っていた。以上の点から状況を回避できた可能性は極めて低く、正当な医療行為であったと判断した。
 紛争発生から解決まで約7年3カ月間要した。
〈問題点〉
 受診直後の問診表から、患者本人は吐き気を訴えており、心疾患を疑うような訴えはなかった。このような状況から急性胃腸炎を第一に疑うことは当然であり、受診直後に心電図を装着する必要は考えられない。点滴中も患者を1人にした事実もない。容体急変後の処置も適切に行われ、心臓の動きも回復している点から問題はない。ただし、受診直後に血圧脈拍測定を行っていなかったが、仮にこの時点で最低限脈拍を測定して、何らかの異変に気づいて対処すれば、電気的除細動が早く施行できた可能性はある。それにより予後の状態が変わった可能性も否めない。
〈結果〉
 医療機関側が患者側に医学的説明をし、医療過誤を否定したところ、患者側からのクレームが途絶えて久しくなったため、立ち消え解決とみなされた。

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