新しい環境保健 小児四肢疼痛発作症
天の声、「環境保健は、過激な学問やね…。サイエンスとしての展開はどう?」まさにシニカルなご意見。
我が国では、明治以前は漢方が主であり、漢方では、本道(内科)、外科、産科、小児科、眼科、鍼灸があった。漢方では、環境要因は風邪(フウジャ)としてとらえ、西洋医学ではこうした“風邪”はうさん臭いものとして扱われるようになった。我が国の小児科は、疳の虫や夜泣きはあまり対象としない。もっぱら、京都洛北の三宅八幡など疳の虫封じの民間療法に依ってきた。
2013年、秋田大学医学部小児科の高橋勉教授から、「どうも痛みを訴える家系があるので、原因を突き止めませんか」という連絡があった。筆者の前任地であった秋田大学で、筆者は小児科と協力し多くの遺伝性疾患の原因遺伝子を特定してきた。京都大学の我々は遺伝子解析を担当することになった。その結果、ナトリウムチャンネルのSCN11A(Nav1.9)に機能獲得性変異を見出し、この変異を入れたマウスでも、傷みの感受性が上がり、電気生理的に脊髄後根神経では興奮性が増すことが証明できた。この結果、この疾患を小児四肢疼痛発作症と命名し(図)、現在も臨床研究とメカニズムの解明を行っている。
ナトリウムチャンネルは、全部で九つ知られており、神経細胞や筋肉などの興奮に関わっている。Nav
1.1~3、Nav1.6 は中枢神経で発現し、Nav1.4 は筋肉で、Nav1.5 は心臓で、Nav1.7、Nav1.8、Nav1.9 は末梢神経に発現している。小児四肢疼痛発作症は、Nav1.9 が原因となるが、一部 Nav1.7や
Nav1.8 も原因となるようである。
Nav1.9 は、末梢神経と腸管に発現し、骨や皮膚の痛みやかゆみなどを伝達する。小児四肢疼痛発作症の患者のうち、3分の1がNav1.9 に変異を持っており、不思議なことは、その患者さんはほぼ全員が雨天と寒冷曝露で痛みの発作が起こると訴えている。遺伝子解析をする前の自由記載による問診のため、選択バイアスや思い出しバイアスはない。漢方の言う、「低気圧が来ると頭痛がする」「冷えで関節が痛む」という訴えは、実は大いに根拠があったのである。
どのように低気圧を感じるのか? メカニズムはわからない。しかし、Nav1.9 に機能獲得性変異を持つ人は、天気が予測できそうである。そういえば、諸葛亮孔明は天気を予測できた。我が国の戦国時代の軍師でも、天気が予測できる軍師は多くいる。北条の風魔小太郎、武田信玄の山本勘助も天気が予測できたという。種々のナトリウムチャンネルの一部の機能獲得性変異は、常人にはない新たな知覚や感性を賦与する可能性があるのではと考える。気象や環境のみならず、人間関係や画像認識、数学的イメージ、言語能力においても、ナトリウムチャンネルなどの遺伝子の変異が、芸術家の天才的で創造的な世界をつくりだすのではないだろうか。一方、忘れてはならないのはこのような新たな能力を獲得した個人は、能力ゆえの“痛み”をも生む可能性である。したがって、「奇貨」を重んじることは、新自由主義の単純な“勝ち組”か“負け組”の選別ではなく、多様性を重んじる思想が必要である。
このようなわけで、多様性を生むナトリウムチャンネルの不思議に魅せられている。今後の新しい環境医学では、自然や社会、言語、人間関係などの多様性を、遺伝子と環境要因で明らかにするのが最先端研究の一部になるであろう。天の声に対する回答である。(完)
図 小児四肢疼痛発作症
0歳から突然泣き出すことで気付かれる。
常染色体優性遺伝形式(家族集積性あり)
痛みは四肢のみ。他の随伴症状はない。
低気圧・悪天候、疲労で誘発されやすい。
青年期になると痛みが軽快する。
長期予後は良好(と推測される)。
3分の1の患者にNav1.9の機能獲得性変異が見つかる。
漢方でいう「疳の虫」「夜泣き」に相当する。
よく痛む部位
痛むこともある部位