政策解説 通常国会に提出された医療保険法 「改正」案の概要と国の意図を探る  PDF

 今通常国会に2月15日、「医療保険制度の適正かつ効率的な運営を図るための健康保険法等の一部を改正する法律案」が提出された。
 改定の趣旨は、「医療保険制度の適正かつ効率的な運営を図るため」とあり、改定対象は健康保険法、国民健康保険法、高齢者の医療の確保に関する法律、介護保険法、国民年金法、社会保険診療報酬支払基金法と多岐にわたる一括法案である。
 本法案は「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会報告書」(2017年4月6日)の記述内容を中心に「新たな医療」制度に向け、医療・介護保険制度のインフラ整備の性格を持った法案と考えられる。

オンライン資格確認の導入

 医療機関等での被保険者資格確認をマイナンバーカードで可能とし、国・自治体・保険医療機関等に対しては円滑な実施協力を義務付ける。これに伴い記号・番号が世帯単位から個人単位になる。なお、プライバシー保護の観点から被保険者番号の告知要求を制限する措置も創設する。
 被保険者資格の確認が個人番号で可能になるということは、健康保険証とマイナンバーの紐づけへの大きな一歩となる。マイナンバー法は成立時点で機微性の高い医療情報を対象外としていた。国がマイナンバーを通じて私たちの健康・医療に関する情報をすべて把握できる仕組み(社会保障個人会計システム)により、負担や自己努力に見合った個別のサービス供給を可能とするための動きとして捉える必要がある。
 ICTの活用推進に向け、オンライン資格導入に向けた医療機関・薬局のシステム整備、電子カルテ標準化に向けたシステム導入等の支援策として、〈医療情報化支援基金〉を創設する。同基金は、国の交付要綱に基づき社会保険診療報酬支払基金(以下、支払基金)が交付を受ける。医療機関は支払基金に申請し、交付を受ける仕組みとなる。
 電子カルテの標準化は、2018年4月1日から本格稼働した医療情報データベース〈MID-NET〉の推進と関連がありそうだ。同データベースはPMDA法(独立行政法人医薬品医療機器総合機構法)に基づき、同機構が保持しているデータであり、現在は全国10拠点の協力医療機関に設置したデータベース(レセプト、DPC、電子カルテ、検査値)を蓄積し、統計解析を進めている。電子カルテ標準化はそのデータ収集範囲拡大を目指すものと考えられる。

NDB、介護DBの連結解析等

 データ活用推進は、NDB(レセプト情報・特定健康診査等情報データベース)、介護DB(介護保険総合データベース)でも進められる。国が保有する医療・介護のビッグデータについて幅広い主体による利活用が可能であることを法律上明記し、NDB・介護DBの連結利用も可能とする。DPCデータベースも同様に根拠規定を創設する。
 現状、NDBは高齢者の医療の確保に関する法律、介護DBは介護保険法を根拠にデータ収集・利用が一定範囲において認められている。法的には、NDBは全国と都道府県の医療費適正化計画、介護DBも介護保険事業計画関連に活用範囲が限定されている。例外として公益目的の研究に限り、自治体や大学研究者へのデータ提供はすでに行われているが、民間事業者には提供されていない。改定法案は第三者提供を解禁し、国・地方公共団体、大学その他の研究機関、民間事業者その他厚生労働省令で定める者への提供を可能とする。
 NDBと介護DBの連結解析も可能とし、「胸囲や血圧の状態が○○な人は、○○疾患に罹患しやすく、その場合、○○治療が効果がある」「△△サービスと□□サービスを組み合わせて提供すれば、要介護状態が改善する」とのエビデンス蓄積に役立てるという。
 データの第三者提供が新たな治療の開発や医療・介護サービスの展開へつながるとの期待もあるが、ヘルスケア産業育成に主眼をおいた成長戦略との関連も疑われる。経済産業省は保険外サービスの開発に成長の活路を見出しており、注意が必要である。

高齢者の保健事業と介護予防の一体的な実施

 75歳以上高齢者への保健事業を市町村が介護保険の地域支援事業と一体的に実施できるよう、後期高齢者医療広域連合と市町村の役割を定めるとともに、市町村等が、各高齢者の医療・健診・介護情報等を一括して把握できるよう規定を整備する。
 厚生労働省は2018年、高齢者の保健事業と介護予防の一体的な実施に関する有識者会議(座長・遠藤久夫国立社会保障・人口問題研究所長)を設置。同年12月3日に報告書をまとめた。報告書は「生涯を通じた重症化予防」※1が必要にもかかわらず、法令上保健事業の実施主体が保険者であり、よって後期高齢者医療制度における保健事業、国民健康保険における保健事業、介護保険における介護予防事業の実施主体が分立し、接続が課題だと指摘していた。今回の法改定はこの指摘を受けたものであろう。
 法案提出に先立って厚生労働省が示した資料には〈市町村における実施のイメージ図〉があり、市町村を主体に医療・介護のレセプト、特定健診、要介護認定等の情報を一括把握し、地域の健康課題を整理・分析する。さらにさまざまな課題を抱える高齢者や健康状態の不明な高齢者を個別に浮き上がらせ、アウトリーチを通じて必要な医療サービスへ接続する。
 ここでもデータ活用が焦点となっており、KDBデータ(国保データベース。介護・国保・健診のデータを蓄積)の本格活用が意図されている。こちらは国保中央会・国保連合会(以下、国保連)がデータ分析手法の研修や支援、実施状況等の分析・評価を新たに担う。
 フレイルに陥る恐れのある高齢者をスクリーニングし、〈通いの場〉等への参加を勧奨する。市町村は通いの場、住民主体の支援の場で専門職による健康相談等を提供、ショッピングセンター等の生活拠点等での取組みを企画・実施する。
 〈通いの場〉は、要介護認定における要支援者への訪問介護と通所介護を介護サービスから排除し、市町村の実施する〈新しい総合事業〉へ付け替えた際、厚労省が奨励したものである※2。厚労省調査では全国91,059カ所※3ある、住民による体操、会食、茶話会の場である。国が住民の取組みを医療・福祉の〈資源〉に位置付けた典型例である。法案は、かかりつけ医が〈通いの場〉へ参加勧奨し、保健師等の医療専門職種の関与を強めるよう求めている。

審査支払機関の機能の強化

 社会保険診療報酬支払基金法を改定し、①本部機能を強化するため、支部の都道府県必置規定を廃止②職員によるレセプト点検業務の実施場所を全国10カ所程度の審査事務センターに集約化③審査委員会は本部のもとに設置(ただし、設置場所はこれまで同様の47都道府県)④基金の業務運営に関する理念規程の創設⑤レセプト・特定健診等情報その他の情報の収集、整理および分析等に関する業務を新たに追加⑥手数料の階層化を行い、現在のレセプトの枚数を基準とする設定から、レセプトの枚数や審査の内容等を勘案して設定⑦審査委員の委嘱に関し、学識経験者・診療担当者・保険者の3者を同数とした委嘱をあらため、診療担当者代表と保険者代表のみ同数とする。同時に、国民健康保険法を改定し、国保連合会についても理念規程の創設やデータ分析等の業務化、審査委員会の構成を改定する。
 現行の社会保険診療報酬支払基金法第1条は、「療養の給付及びこれを担当する給付に係る医療を担当する者」に対する診療報酬を「迅速適正な支払いを行い」、あわせてレセプトの審査を行うと、支払基金の目的を定めている。これに対し、今次改定法案には「情報の収集、整理及び分析並びにその結果の活用の促進に関する事務」が加えられる。国保連についても国民健康保険法を改定し、レセプト審査とともに「診療報酬請求書情報等の分析等」を業務に位置付ける基本理念条項が新設される。
 1948年に創設された支払基金は、支払い遅延が蔓延していた当時の実態を解決すべく、診療報酬の審査および支払いを統一的かつ迅速に行うことを目的とした組織である※4。国策であるデータ収集・分析・活用促進を担わせることは、審査支払機関の存在理由の書き換えであり、込められた意図を見抜かねばならないだろう。
 さらに危惧されるのは審査基準の統一化である。「新経済・財政再生計画改革工程表2018」(2018年12月20日・経済財政諮問会議)はコンピュータで審査完結するレセプトの割合を〈システム刷新後2年以内に9割程度〉にするよう求めている。そのため、「審査結果の不合理な差異の解消」とは限りなく審査基準一元化へ接近する方針とみるべきであろう。
 このことは大きく二つの側面からその妥当性を検討されねばならない。
 一つ目は、保険審査の仕組みは、国民皆保険制度による保険で良い医療の提供の基本ルールを構成していること。
 二つ目は、保険医は患者一人ひとりの個別性を踏まえて医療を提供していること。
 コンピューターチェックの強化や基準の一元化が、保険診療の制限・束縛につながってはならないのである。
これからの医療制度のインフラ整備

 その他、法案には生活の拠点が日本にない親族が健康保険の給付を受けることができる在外被扶養者の課題に対応すべく、健康保険の被扶養者の認定において原則として国内居住を要件とする等の整備等も含まれている。
 総じて今回の法案は、医療制度のインフラ整備を進めようとするものといえる。
 医療・介護にデータ活用の推進により、患者一人ひとりの受療やサービス受給の行動を把握し、公的サービスだけでなく、住民活動やヘルスケア産業へアクセスさせること。そして医師の診療に対し、新たな介入の糸口が探られており、批判的見地からの分析、要請の取組を進めねばならない。

※1 「高齢者の保健事業と介護予防の一体的な実施に関する有識者会議報告書」(2018年12月3日)5ページ
※2 新しい総合事業導入に際しての「介護予防・日常生活支援総合事業ガイドライン」において、厚労省は通所型サービスBを〈通いの場〉と呼称。また、一般介護予防事業にも住民運営の〈通いの場〉を位置付けていた。
※3 平成29年度 介護予防・日常生活支援総合事業(地域支援事業)の実施状況(平成29年度実施分)に関する調査結果(厚生労働省ホームページ)
※4 『日本医療保険制度史』(吉原健二+和田勝著、東洋経済新報社刊)125ページ参照

第5回高齢者の保健事業と介護予防の一体的な実施に関する有識者会議(18年11月22日)資料より

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