3年前の春、突然の脳出血で人生初めて入院生活を経験し、急に「残り時間」が気になるようになってきた。幸い小さな出血で大きな後遺症なく、ふだん通りの生活に戻ることができたが、元気なうちにやりたいことをやっておこう、そう強く思うようになった。
「あなたの趣味はなんですか?」
そう問われると、「サッカー、将棋、ボウリング」と答えていたが、病気になってから、カメラと天体観測が加わった。どちらも以前に少し噛ったことがあり、カメラはフィルム時代から重い一眼レフカメラを使っていたが、次第に、軽くて綺麗に写るコンパクトデジカメを使うようになっていた。ただ久しぶりに行くことになったスイス旅行で、やっぱり綺麗な写真を撮りたいと思い、初めてデジタル一眼レフカメラを購入した。
まあ昔使っていたから何とかなるだろうと高を括っていたが、昔の一眼レフカメラでは、考えられない高感度が使えるようになっていた。ある晩、高台寺で夜の庭園を撮ってビックリ! フラッシュも使わないのに、昼間のような明るさに写ったのだ(Fig.1)。
それからドップリと写真にのめり込み、Nikonの写真教室へ足繁く通うようになった。すると顔なじみの写真仲間ができ、撮影会後に食事に行ったりするという、思わぬ楽しみも増えた。今では写真を撮りに行っては、Facebookで写真を公開し、「お友達」の皆さんから「いいね」をいただくのが一つの楽しみになっている。
天体観測も、中学生時代までは高橋製作所の10㎝反射望遠鏡を持っていたが、天体写真を撮るところまではいかなかった(というか、当時は大変ハードルが高かった)。一昔前は、天体写真というと手動ガイドが当たり前だったが、なんと今や自動ガイドは当たり前、パソコン等を使えば、自動導入も簡単にできる時代になっていた。
さらに天体写真の方も、特殊なフィルター、高感度カメラなどを使い、パソコンのソフトを使って肉眼では見えない淡い星雲を浮かび上がらせる技術(これを昔のフィルム時代になぞらえて『現像』と呼んでいる)がめざましい進歩をとげていた(Fig.2)。中学生の頃、天文雑誌に出ていた美しい写真に近いものを、今の時代、この明るい京都の空でも、自分の機材(Fig.3)で撮れるようになったというのは、まさに驚きである。残された人生を楽しく、有意義に使おうと考える毎日である。
Fig.1 私を写真の世界に引きずり込んだ1枚。今思えば大した写真ではないが、当時は感動的だった。
Fig.2 北アメリカ星雲とペリカン星雲。元の写真では何が写っているか分からないが、現像すると、浮かび上がってくる。
Fig.3 藤原内科の屋上で観測準備