丹後半島 心の原風景 第3話 辻 俊明(西陣)  PDF

伊根には「贅沢」がいっぱい

 宮津から伊根町までは国道178号で45分。伊根に着いたら海上タクシー、遊覧船で伊根湾・舟屋めぐりをすればいい。近年、遊覧船は平日でも外国人観光客で満員だ。波打ち際でランチができる舟屋もできた。しかし贅沢なひと晩を過ごすなら油屋別館がいい。全室に日本海を望む露天風呂が付いて、冬は松葉カニ三昧。宿に着いたらまず大浴場の露天風呂に入り、食事のあと部屋で入る。翌朝はそこから朝日とキラキラ輝く海を見る。日本海を東に臨む岸壁に建つ立地はただただ素晴らしい。
 伊根町を少し北に行くと、新井に いの千枚田と呼ばれる棚田がある。地元の人しか通らない狭い海岸道を通ってここへ至る。ここまで来ると観光客は全くいない。晴れた日には高台から眼前180度棚田と青い海が見える。余計なものは一切ない。日本海を独り占め。波の音、風の音にそっと耳を傾けよう。しばらくすると、まわりの景色はまず茜色の夕空に変わり、その後、満天の星空と沖に灯る漁り火になる。暫時、時間の感覚はなくなる。ここは油屋別館よりはるかに贅沢だ。
 伊根町は観光客、旅館が増え、人も車も多い。しかし、さらに国道178号を北に進むと山深い田舎道になり、極端に交通量が減る。夜の8時以降には、すれ違う車はほとんどなくなる。ヘッドライトは上向き、夏場なら窓をフルオープンの快適ドライビングができる。民家も街灯もなく、両脇に雑木林や田畑が点在し、高い山がそびえ、満月の時には室町時代の山水画の世界となる。
 昔の山水画でよく出てくる光景は、滝が流れ落ちる険しい山に月がかかり、ふもとの質素な庵で高士が川を見ながら書をしたためるというものである。以前美術館で見た解説によると、浮世を離れて心静かに精神性を高めることはその時代の憧れであり、山水画はそれを表現しているということであった。
 しかしこんな状況で精神性が高められるだろうか。私には当てはまらないように思う。人里離れた庵ではラーメンや餃子が食べられない、喫茶店がないからコーヒーも飲めない。それが気になって心を高めることなどできそうにない。日々色んなことに挑戦し、失敗と成功を重ねることで人間性は高められると思う。それらを遮断して山里に籠ってしまったら、独りよがりの悟りになりそうだ。もちろん人それぞれであり、そのやり方がその人にとって最適な場合もあることは強調しておく。

伊根湾
伊根湾めぐり
伊根の奥にひろがる田園

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