京都大学名誉教授
京都保健会 社会健康医学福祉研究所所長
小泉 昭夫
今回、2018年度に、医療法および医師法の一部が改正されました。その概要が先日公表されました。地域間の医師偏在の解消を通じ、地域における医療体制を確保するために、都道府県の医療計画における医師の確保に関する事項の策定、臨床研修病院の指定権限および研修医の募集定員の設定権限の都道府県への移譲等の措置を講じ、都道府県は、医師確保対策のためPDCAサイクルに基づく実効的な対策をすすめるとされています。
可視化のため、現在・将来の人口を踏まえた医療需要に基づき、地域ごと、診療科ごと、入院外来ごとの医師の多寡を統一的・客観的に把握できる医師偏在の度合いを示すとして、「医師偏在指標」(以下指標と略)の導入が図られ、その案が先日提案されました。本指標には、以下三つの大きな問題点があります。
需要源泉と供給の担い手のミスマッチ
地域ごとの医療需要を、人口構成の違いを踏まえ、受療率を用いて調整することを提案していますが、わが国の医療需要は、入院より外来が多く、その多くは、無床・有床診療所でカバーされています。患者の流出入についても、都市圏の居住地域と勤務地域の違いは、多くが外来で生じています。
一方、供給側である医師の数を、医師の年齢、性別で調整するとしていますが、根拠とする調査データにおける医師の所属施設の分布では、入院需要を担う病院が多数を占めます。
さらに、労働時間の推定でも、今回の指標のため用いられたデータは、目標約10万人としながら、回収されたのは大よそ1万5千人、その多くが勤務医(73・
4%)で、多くが病院勤務者です。調査の妥当性は低く、質の担保は望めないと言わざるを得ません。
指標では、入院・外来別の偏在状況は、別途検討すると提案していますが、今回示された指標には反映されていません。すなわち、今回の指標では入院外来の種別は考慮していないため、需要が外来に偏る一方、供給側は、病院中心の入院を担う医師の現状に偏っています。
提案された指標の目的のあいまいさ
改正の趣旨にあるように、本指標は「医師偏在の解消」を目的としていますが、その一方、医師偏在の状況を踏まえ「医師養成過程を通じた医師確保対策の充実」をも射程においています。医師偏在の解消で、需要と供給のアンバランスの解消を目指すなら、診療科ごと、入院・外来ごとの調査が必要ですし、後者の「医師養成過程」に焦点をあてるなら、専門病院での臨床研修・専門研修に在籍する医師に特化した調査を行うべきでしょう。この点、指標は、多様な目的を射程に置きつつ、どの目的にも適正利用ができない指標となっています。
医師の無意味な移動を煽る
さらに全国の335の二次医療圏の医師偏在指標の値を一律に比較し、上位○%を医師多数区域、下位○%を医師少数区域とするとことを提案。格差の大きい都道府県では、PDCAサイクルを回し、全国平均を目指すことになります。目標を達成するためには、供給側は目指す状況と現状の需要との乖離を定量化し、制御可能な指標を用いて政策的に導出され均衡を目指す必要があります。
しかし、「均衡点」(医療保障のために必要な医師数)を設定しない指標を用いた政策手法では、意味不明の移動を煽るだけで、患者のニーズに基づいた医師を確保する政策にはならず、かえって必要な医師が必要な場所から引き剥がされるような、市場の荒廃と破壊をもたらす結果となります。この愚は避けなければなりません。
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上記以外にも三次医療圏レベルでの医師の評価、診療科別医師の偏在、二次医療圏よりも小さな地区での医療需要等々の論点において、本指標は問題が多いと思います。特に地方の医療現場では、地域の医療圏での救急医療の充実が、医師の疲弊を防ぎ、定着を促進させるという意見が多いのですが、指標にはこのような視点は全く含まれていません。
厚生労働省は、公正・公平な医療の将来ビジョンを国民と医療関係者に示し、実現に向けた道筋を示す責務があると思います。その意味で、今回提案された指標は、大きな問題をはらんでいます。
卑近な例で例えると、地域間の外食産業の偏在の解消を目指すにあたり、うどん屋、蕎麦屋、ラーメン店を、立ち食いも座敷もまとめて調査し、「アジア麺類店偏在指標」なる空虚な指標に基づき、「アジア麺類店」の過剰地域を指摘し、立ち食いうどん店の出店を規制しようとするようなものです。
本指標が「医師偏在」を示す指標として稚拙であり、その指標が独り歩きすることに強い危惧を感じざるを得ません。