医師が選んだ医事紛争事例 84  PDF

CTでのくも膜下出血見落としで身障者に

(50歳代後半女性)
〈事故の概要と経過〉
 当該患者が頭痛と眩暈を訴え、自家用車で当該医療機関を受診。即日入院となり、頭部CT、胸部レントゲン、心電図、血液検査を施行した。翌日には眼の奥の痛みが発現したが、その次の日には一時帰宅した。その後、当該医療機関はくも膜下出血を疑い、患者をA医療機関に搬送した。A医療機関は、すでにくも膜下出血は数日前に発症しており、脳動脈瘤破裂が原因だと患者に説明した上で、手術した。患者は第1種身体障害者2級が認定された。
 患者側は、初診時のCTでくも膜下出血が確認できたのに、当該医師が見落とした結果、発症72時間以内の手術が受けられず、血管攣縮による脳梗塞を発症し、右半身麻痺の後遺症が残存(後遺障害第7級相当)したとして、約10年を経過してから弁護士を介して賠償請求を行い、その後に調停を申し立てた。
 医療機関側は、改めてフィルムを確認し、見落としは明らかということで過誤を認めた。紛争発生から解決まで約11カ月間要した。
〈問題点〉
臨床経過
 患者の診療記録および画像所見より次の通り判断される。
 来院当日に撮影されたCTスキャンにて、脳底槽から両側シルビウス裂に広がる明らかなくも膜下出血を認める。くも膜下出血のX線吸収の程度から、発症時間は患者の頭痛発症時間と合致すると考えられる。麻痺などの神経所見はなく、頭痛のみであり、Hunt & Kosnick 重症度分類
Grade2 と考えられる。CTとともに、左内頚の後交通動脈部の動脈瘤が強く疑われる。救急受診時の記録には、頚部硬直の有無など、髄膜刺激症状を確認する診察は行われているが、診断には至っていない。
 ①術後にスパスムによる脳梗塞を起こしているが、診断の遅れが影響したのか。
 くも膜下出血の予後を決定する因子として、再出血(発症48時間以内に多い)と脳血管攣縮(発症後4日から14日の間に発生しやすい)が挙げられる。脳血管攣縮はくも膜下腔に広がった血液の刺激によって生じると考えられており、これを予防するために、開頭術の際、くも膜下腔に広がった血液を可能な限り洗浄除去し、術後薬物療法等が併せて行われる。しかし、これらを駆使しても、脳血管攣縮が生じることは稀ではない。
 くも膜下出血の診断がついた発症4日目(発症後72時間以降)に専門施設に搬送し、同日手術が行われた。脳動脈瘤クリッピングの手術のタイミングとして再出血を防ぎ、くも膜下腔の血液を洗浄するために早期手術(発症後72時間以内)と、診断のタイミングや全身状態等の理由により、脳血管攣縮の生じやすい期間(4日から14日)を避けて、発症14日以降に行う待機手術がある。しかし、当時より、Hunt & Kosnick 重症度分類Grade1、2の軽症例では、手術のタイミングによる成績に差異はないとの報告もあり、軽症例については時期を問わず手術を行う施設も出てきていた。本件の場合、診断の遅れが、早期手術の機会を逃したことは避けられない事実であるが、この期を逃したことのみが、脳血管攣縮の要因とは言えない。
 ②くも膜下出血があるにもかかわらず、一時帰宅を許可しているが、予後に影響したか。
 再出血を防ぐために、手術的治療が終了するまでは、厳重な血圧管理のもとに安静を指示する。本件の場合、再出血のリスクの最も高い48時間以内に、一時帰宅が許可されたことは問題だが、幸いにも再出血なく帰院しており、幸運の一言につきる。この事実が、後の脳血管攣縮等の予後に直結することはないと考えられる。
 ③主治医がくも膜下出血を認識した時間とその方法(他の医師の指摘)も問題になるのか。
 CTスキャン上、軽症のくも膜下出血は専門家でないと診断が困難なものも存在する。しかし本件の場合、くも膜下出血は明らかであり、当時の一般的医学知識の範疇と考える。また、土曜日夕刻の受診であり、ウォークインの軽症症例であったことが、担当医師が能動的に診療協議する機会を失い、判断を誤った大きな要因であると考える。
〈結果〉
 調停を経て和解となった。

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