7月の定期総会で、女性代議員が少なすぎると増員の提案がなされ、病に倒れた初の女性理事長への激励も提案された。これは、女性医師の現状をも象徴している。政界の女性差別は手の施しようがないが、医学部入試でも想定を遙かに超えていたことが判明した。40年以上前に後続の女性医師の道を閉ざすことがないよう“女医”を意識して働き始めた。今、職場環境が改善しているという現状認識の土台は崩れ去った。けれども、総会の提案がいずれも男性からであり、光明を見出す。
さて、医療は身も心も自らの生活さえも挺した保険医の働きと研鑽により破綻せず持ち堪えている。管理職に在った敬愛する先輩が自ら命を絶たれても、過労防止に何ら働きかけもできないまま、11年を経た。それでも、救急医の妹は、地方大学救急部の立ち上げに際し、周囲の理解と協力を得て、男女とものワークライフバランスを実現し進めている。働き方改革がやっと俎上にのったが、高度プロフェッショナル制度が過労の大義名分をもたらす危機となる。「医師」である大前提として、人間らしい生活の保障を強く願う。それが、医療の質を担保し、安心安全を図り、長い目で国民を守る施策となるはずである。
ところで、仕事の礎となる家庭に目を向けると、子どものこころの育ちに懸念を抱き続けている。心身症、不登校、発達症(発達障害)などの診療に携わっていると、医療従事者が子どものことで苦悩する状況に多々遭遇する。その手当の要は、親が“大切に思っている”ことが子どもに伝わり、子どもが生涯にわたる“存在の自信”をいかに培うかであると、臨床から学んだ。予防に心が逸るが、乳児期に“大切に思っている”と努めて伝えたい。それにはなかなか難しいけれど、男女にかかわらず1年間の育児休業の取得を望む。
今般、総務部会の勤務医委員会の再始動に向け、篤い準備委員が就任された。そこに、勤務医時代の苦労を後進の役に立てる開業医の方たちのご助力を期待したい。病院の管理職の医師の方々には人材寡少や診療報酬過少の中のご苦労を慮してなお、大鉈をふるう方策を捻出していただけないだろうか。とりわけ、勇退前後の同世代の団塊の世代に、奮起を呼びかけたい。世阿弥は舞人が舞い終わった後に再び舞台にのぼり、ひと舞いすることを「入舞」と称したという。若き仲間が安心して仕事と家庭を両立できるよう「老いの入舞」に、ともに力を尽くす余生を描きたい。
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