「新専⾨医制度」と医療制度改⾰  PDF

皆保険の担い⼿を改⾰すると何が起こるか

 新たな専門医の仕組み(「新専門医制度」)が実質的スタートを切った。2014 年に発足した「一般社団法人日本専門医機構」(池田康夫理事長)の旗振りで、京都府でも9月23 日、「地域説明会」が開催された。都道府県レベルでの研修施設群設定や研修施設による研修プログラム策定が本格化している。順当に進めば2015年春の医学部卒業生は、初期臨床研修を終えて2017 年度から、新たな仕組みの下での専攻医研修(後期臨床研修)を受ける。これ以降、「社会から認められる資格を目指し、診療に従事しようとする医師は、19基本領域のいずれかの専門医資格を取得する」ことが「must」となる※1。
 「新専門医制度」と敢えてカッコで括ったのは、それを「制度」と呼ぶには、少々繊細な問題が絡むからに他ならない。少なくとも、国の制度としての専門医認定システムは従来から日本に存在しない。これまでは「各学会が独自で制度設計」してきたのであり、新たな仕組みでは学会に代わる第三者機関が専門医認定を一元的に担う。直接国が認定せず、第三者機関が認定する仕組みであるのは、それがあくまで「プロフェッショナル・オートノミー(専門家による自律性)を基盤として、設計されるべき」※2との考え方が体現されているからに他ならない。その意味では新たな専門医の仕組みを「制度」と呼ぶに迷いがあるのは事実である。しかし新たな仕組みに国が何の意図も込めていないということはあり得ないのではないか。
 本稿は、少なくとも国が「新専門医制度」を2014 年国会成立の「医療・介護総合確保推進法」、2015 年の「医療保険制度改革関連法」に基づき、現在、地方自治体を舞台に進められる医療制度改革の一環に位置付けていることを明らかにすることを目的としたものである。会員の皆様の活発な討議の呼び水としたい。

1.誰が「新専門医制度」を求めたか
(1)国と専門医の接点としての広告制度

 日本専門医機構の池田康夫理事長は、厚生労働省医政局主催の「新専門医制度説明会」(2015 年8月7日)での報告レジュメにこう書いている。「『一定の外形基準を有する学会』が認定する専門医の広告が可能になった事で(平成14 年厚労省公示※3)、学会専門医が乱立し、専門医の質への懸念が生じている」。国が学会認定による「質保証」を追認し、専門医名を使った広告を許す仕組みである「広告制度」は、目に見える形で国の制度と専門医認定が直接関連するほぼ唯一のものといえる。池田理事長はこれを問題視しているのである。
(2)日本学術会議の批判
 こうした状況を「『質保証』のない医師の診療行為が許容される」ものだと批判したのは、「日本学術会議・医師の専門職自律の在り方に関する検討会」の報告書である「全員加盟制医師組織による専門職自律の確立―国民に信頼される医療の実現のために―」(2013 年8月30 日)である。報告は次のように述べる。「…あるべき専門医制度は」「すべての医師を包摂し、個別の専門医学会を認定の基礎単位としながら統一的な運用方針と認定基準を持つシステムでなければならず、また、より一層の医師の質保証のためには、すべての医師が服する職務規定・倫理規定を実効的に制定・運用するシステムが必要である」
(3)専門医の在り方に関する検討会報告
 学術会議の報告を見越したかのように、先んじてほぼ同様の発想で「新専門医制度」を提起したのは、厚生労働省医政局が所管する「専門医の在り方に関する検討会」(高久史麿座長)の「報告書」(2013 年4月22 日)である。
 在り方検討会の報告書は「はじめに」で、「専門医制度を運用する学会が乱立して認定基準が統一されておらず、専門医として有すべき能力について医師と国民との間に捉え方のギャップがある」と断言した。その上で、「質が担保された専門医を学会から独立した中立的な第三者機関で認定する新たな仕組み」の必要性を強調し、「新たな専門医の仕組みは、プロフェッショナルオートノミー(専門家による自律性)を基盤として、設計される」と述べた。
 そうやって「中立的第三者機関」が専門医の認定、更新、研修プログラムの評価・認定や研修施設のサイトビジットを担う仕組みが構想され、誕生したのが日本専門医機構である。
(4)医師の在り方を変えたいのは国「新専門医制度」は国制度ではなく、あくまで自律的な「仕組み」と強調される。専門医機構も、国の統制から自由な立場で、医師自らの意思の下に構築する仕組みであると強調しているようにみえる。
 しかし「新専門医制度」を通じ、医師養成の仕組み、医師の在り方を変えようとしているのは、医療サイドよりもむしろ国なのではないか。なぜなら、国にとって医療制度改革の目標を達成するためにそれが必要だからである。国にしてみれば、強引な手法で反発を招くより、医師に「制度」を設計してもらい、国の統制下に「自律的に」収まってもらうことが好都合とでも考えているのかもしれない。
 以上の経過から、「新専門医制度」の検討にあたって押さえておきたい三つのことを次に提示する。

1)「新専門医制度」は専門医の「質の確保」を旗印に進められているが、国にとっては必ずしもそれが本当の目的ではないということ。
2)「新専門医制度」は医師による純然たる自律的な取り組みとは言えず、むしろ医師を国の統制下に置くための仕組みとして使われようとしているということ。
3)そうした医師の統制は、国民皆保険制度の構造改革にとっては、不可欠な要素と考えられており、この点を決して軽視してはいけないということ。

2.「新専門医制度」の概要
 ここから、医療制度改革と「新専門医制度」の関係に分け入っていくが、その前に「新専門医制度」創設に関わる動きの現段階をみておきたい。
(1)「新専門医制度」構築の現段階
 「専門医の在り方に関する検討会報告書」による「制度」像の要点は次の通りである。

①今後の専門医認定は中立的第三者機関が関連学会と連携して担う
②19 の基本領域の専門医を取得した上で、subspecialty 領域の専門医を取得(二段階制)
③医師は基本領域のいずれかの専門医を取得することが基本
④基本領域の専門医に「総合診療専門医」を創設する

 日本専門医機構は、2014 年7月に「専門医制度整備指針」(第1版)※4を取りまとめ、それに基く作業が進んでいる。
 目下の課題は、三つの課題である。
①各基幹研修施設での基本領域研修プログラム策定
②指導医資格の基準策定
③学会認定専門医の更新作業の準備
 ①の研修プログラム策定に関わっては、各々機構に参加する学会が主導し、19 基本領域ごとのプログラム整備基準並びにモデルプログラムが整備されつつある。
 基幹研修施設をめざす医療機関は、それらに依拠して、プログラムを策定する。厚生労働省が2014年度から予算化した「専門医認定支援事業」の補助金も活用され、京都府内の病院がプログラム策定に着手している。
 ②の指導医(専門研修指導医)資格については、「指導医の質が、専門研修→医療の質を決定する」とされ、「専攻医3人に1人。どの地域にも指導医を」、「特殊な資格でなく、『役割』に(専門医は必然的に指導医に)」と打ち出されている。
 一方、19 番目の基本領域専門医である総合診療専門医の指導医については、「都道府県医師会ないし郡市医師会から」の「推薦」(自薦も可)で、現在の診療所医師もそれを担うとされる。
 ③の学会認定専門医の更新作業が取り急ぎの課題なのは、現在の学会認定専門医資格保持者の処遇方針を決める必要からである。日本専門医機構は、既に学会認定専門医を取得した医師を対象に、同機構が承認した「専門医更新」基準に基づく更新を、準備が整った基本領域から始めるとされる。
(2)専門研修施設群と地域医療
 一方で、「専門研修施設群」設定も喫緊の課題となっている。
 9月23 日の地域説明会では、専門医機構理事の小森貴氏(日本医師会常任理事)が、「地域の実情に応じて、研修病院群の設定や、専門医の養成プログラムの地域への配置については、都道府県と連携しつつ、大学病院や地域の中核病院などの基幹病院と地域の協力病院等(診療所を含む)が病院群を構成することが適当」と述べ、地方自治体も関与しながら、地域医療に資する形で、専門研修施設群を設定するよう求めた。
(3)19 番目の基本領域・総合診療専門医
 新たな専門医に位置付けられた総合診療専門医は、「急速に進展する超高齢化社会」と「前例のない人口減少社会」に対応する医師像であり、「特定の臓器や疾患に限定することなく、幅広い視野で患者を診る」者と定義される※5。
 日本専門医機構は4月20 日、「総合診療専門医専門研修プログラム」でその医師像を明らかにした。

「6つのコアコンピテンシー」
①人間中心の医療・ケア
②包括的統合アプローチ
③連携重視のマネジメント
④地域志向のアプローチ
⑤公益に資する職業規範
⑥診療の場の多様性

「経験目標」
 必要な検査・治療手技を身につけると共に、介護保険制度における医師の役割や医療・介護連携の重要性を理解すること、そして「地域の医師会や行政と協力し、地域での保健・予防活動に寄与」する活動経験を求める。

3.国民皆保険制度の原則
 国は、「新専門医制度」を通じ、従来の医師像の転換を進めようとしている。その動機は医療費抑制をめざす医療制度改革の推進である。医師の在り方を転換することがなぜ、医療費抑制に役立つのか。
(1)皆保険制度は保険医・開業医なしに成立しない
 いつでも・どこでも・誰でも、保険証1枚で必要な医療が必要なだけ保険で提供される。それが国民皆保険制度である。
 それを可能とする三つの原則がある※6。

①保険証の無条件交付
 無差別平等に保険証が交付され、誰もが医療へアクセスする権利を保障されねばならないということ。また、そのためには患者が自分の判断で自由に受診できる「フリーアクセス」が保障され、なおかつ、アクセスする医療機関が居住する地域に存在していることが必須である。
②必要充足原則
 医師の医学的判断に基づくサービスが制限なく保険から提供されねばならないということ。そのために、患者への保険給付は現金給付でなく、完全現物給付型の療養の給付保障でなければならず、医師への診療報酬も包括払いでなく、出来高払いを原則とせねばならない。
③全国統一給付保障
 国内のどこにいても、同じように保険証1 枚で医療が保障されねばならないということ。その裏付けとなるのが全国一本の診療報酬制度によるナショナルミニマム機能である。

(2)自由開業医制-医師の開業は国の統制外
 もう一つの国民皆保険制度の特徴が、「自由開業医制」である。
 日本では、医師の開業は国家統制から原則自由である。国が医療費抑制のために、医師の開業や配置をコントロールすることや、それにより患者が医療にアクセスできなくなる事態が生じないよう、自由開業医制が歯止めをかけているといえる。
 今日、国が医療費抑制に邁進している情勢にあって、自由開業医制はそれに抗する原則として強い意義がある。
 これらの原則が否定されると、国民皆保険制度の存在意義は損なわれる。しかし医療費抑制をめざす立場からみると、これらの原則があるからこそ、医療費の伸びは抑えられないのであり、これらの原則はもちろん改革の対象となる。それが今日すすめられている医療制度改革の底流である。
 ここで重要なことは、これらの原則に沿って医療を提供するのが、保険医・開業医に他ならないということである。
 皆保険体制における提供側の実践者である保険医・開業医は、骨絡みともいえるこれらの原則に基づき、医療を提供している。したがって、そうした医師の在り方自体が改革の対象となるのは至極当然なことである。

4.医療制度改革と「新専門医制度」
―国のねらいは何か―
(1)安倍政権による医療制度改革

 現在すすめられている医療制度改革は成長戦略に役立つ医療制度への転換を進める一方で、都道府県を通じた給付抑制システムの構築を進めている。
 それは、大きく2本柱である。

①「保険制度改革」
2018 年度から市町村国保を都道府県化する。
②「提供体制改革」
都道府県に「地域医療構想」を策定させ、病床機能分化をすすめる。

 どちらも都道府県を主体に据えて進められる改革である。その大前提に「都道府県医療費適正化計画」に盛り込まれる「医療費支出目標」がある。
 「新専門医制度」は②の「提供体制改革」に含まれる。
 地域医療構想は、高度急性期・急性期・回復期・慢性期の医療需要を試算し、それぞれの機能別に2025 年の必要病床数を設定させるものだ。
 病床の機能別分類ごとの医療需要推計。そのようなデータはこれまで存在しないはずである。そもそも高度急性期とは何か?急性期とは?回復期とは?その境界線はどのように引かれるべきか?

(2)医療資源投入量と需要推計
 国の社会保障制度改革推進本部が設置した「医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査会」(永井良三自治医科大学学長)が編み出した推計方法が「医療資源投入量」に応じた線引き、とういうものだった。医療資源投入量とは保険点数である。ごく単純化すれば1日あたりの高度急性期の医療需要とは、診療報酬上3000点以上の医療を提供した患者の数ということになる。
 そこに人口の将来推計等の仮定を置き、需要推計に基づく必要病床数をはじき出させるのである。
 専門調査会はその推計結果を「第一次報告」(2015年6月15 日)で公表した。2025 年の必要病床数は、機能分化推進により、機能分化をしない場合に比べ最大37 万床削減となるという。機能分化すれば病床を減らすことができる。病床機能を保険点数で区分することで、各機能別の病床が想定する患者像を機械的に区別できるから平均在院日数短縮にも使える。
 10 月9日の財務省財政制度審議会財政制度分科会で示された社会保障制度の「改革工程表」では「民間医療機関に対する転換命令等、医療保険上の指定に係る都道府県の権限」を許可する法案を2017 年の通常国会に提案するとあり、国家統制的に医療提供体制改革を進める方向も露わになってきている。
 徹底した入院医療のスリム化による医療費抑制が、この政策の本質なのである。
 入院医療から患者を移行させる先が地域であり、在宅医療ニーズは生み出される。医療・介護連携が必要とされ、地域包括ケアシステムの構築が推進される。入院を「川上」
に、地域を「川下」に見立て、提供体制改革は進められる。
 しかしここまでは、あくまで「病床の抑制・削減策」である。国のねらいはそれに止まらない。国が「新専門医制度」を通じて、成し遂げようとするのは、
①医師数コントロール
②開業医数の削減
③患者の医療アクセス制限

である。


(3)国が新専門医制度にこめた本当の思惑
 そうでなくても「新専門医制度」に関する不安や疑問はいくつもある。例えば「診療実績」等が、専門研修施設のハードルとなり、研修医の大病院集中が起こることで、症例数の少ない過疎地域の診療体制の維持を危惧する声がある。また、近い将来すべての医師が専門医資格保持者になることが想定されるが、学会専門医資格を取得せずに地域医療を支えてきた医師を無視した制度設計にも疑念が生じている。
 しかし、ここで明らかにすべきは、前項末尾に示した三つのことである。つまり、「新専門医制度」を医療制度改革の一環としてみたときに浮かび上がる国の本当の思惑を捉えることだ。
 「新専門医制度」が医療制度改革(とりわけ提供体制改革)と具体的にどう絡むのか。それは次のように整理することができる。

①医師数コントロール
 医療費抑制を目的とした医療需要推計に基づき、現段階で試算されているのは、「機能別必要病床数」である。さらにそこへ「新専門医制度」の研修システムを通じた「必要専門医数」を加えることも可能である。すなわち、医療需要推計が、必要医師数の根拠になる危険性がある。これによって国の「需要推計」を満たし得るだけの病床数を確保し、国の「需要推計」を満たし得るだけの医師数を確保する。それ以外の病床も医師も過剰・不要ということになり得る。
②開業医数の削減
 基本領域の専門医に位置付けられる総合診療専門医は、地域包括ケアシステムを担う医師として、介護をはじめとした他の事業者と連携しながら、複数科領域にまたがる医療を担当する。
③患者の医療アクセス制限
 同時に、総合診療専門医はゲートキーパーあるいはゲートオープナーと位置付けられ、「むだな」医療へのアクセスを遮る役割を担う。

(4)国の政策史にみる専門医と機能分化
 なぜ、そういえるのか。
 実は、病院・病床の機能分化論と専門医の在り方を、この間国が一体的に検討してきたきらいがある。専門医機構が語る「目的」よりも、ずっとあけすけに、国はそれを論じてきた。国の政策史を振り返ると、自ずと国のねらいはみえてくる。
1)2005 年・厚労省「医療提供体制に関する意見」
 小泉政権期の2005 年12 月8 日、社会保障審議会医療部会は「医療提供体制に関する意見」で、「病院の医療機能分化」と「在宅医療推進」を打ち出すとともに、「専門医の質の確保」のため学会認定専門医からの脱却を提起し、その仕組みを次のように述べた。「国あるいは公的な第三者機関が一定の関与を行う仕組みとする」。この時点では、必ずしも第三者機関ではなく、国自身が認定に関与する選択肢もあったということになる。「意見」が「急性期から回復期、慢性期を経て在宅療養への切れ目のない医療の流れをつくり、患者の生活の質(QOL)を高め、また、必要かつ十分な医療を受けつつトータルな治療期間(平均在院日数を含む)が短くなる仕組みをつくる」と打ち出した方向性が、今日まで続く提供体制改革の基本となっている。
2)2009 年・卒後医学教育認定機構(仮称)構想
 2009年3月25 日に発表された厚労省研究班(主任研究者・土屋了介国立がんセンター中央病院病院長)の報告書「医療における安心・希望をもたらす専門医・家庭医(医師後期臨床研修制度)の方向性~卒後医学教育認定機構(仮称)設立の要望~」※7は、「専門医・家庭医の質の担保、および人数コントロールも含めて、医療者が自律的・自浄的に担う場として第三者機関」を喫緊の課題とし、「医師偏在」問題の解決に向け、第三者機関=卒後医学教育認定機構(仮称)が専門医定数と配置を決める構想を打ち出した。
 当時、読売新聞はこの報告を「第三者機関が診療科ごとの専門医数などを定める計画的な医師養成を行うべきだ」との提言と報じていた。
3)2009 年・財務省「平成22 年度予算編成の基本的考え方について」
 その直後の6月、財務省・財政制度等審議会は「平成22 年度予算編成の基本的考え方について」で医師偏在問題の解決策を提言した。その発想は上記研究班報告と微妙にリンクするものだった。
 提言は、地域医療にかかる問題解決への3本柱を「診療報酬の配分の在り方」「医師の適正な配置」「医療従事者間の役割分担の見直し」と掲げた。
 その上で、医師偏在問題解決の手法に「経済的手法と規制的手法」を持ち出した。経済的手法とは、「診療報酬の配分」「報酬体系の見直し」である。一方の規制的手法とは、医師の計画的配置(あるいは強制配置)の意味である。
 意見書は、フリーアクセス制限についても諸外国の例をあげる形で提案している。
・イギリスでは国が管理する形式(NHS)の下で、患者の選択を制限
・アメリカでは、民間医療保険をベースに、保険内容により医療保険の給付に差異があることが事実上の制約要因になっている
・ドイツやフランスも原則フリーアクセスだが、かかりつけ医制度の普及に努めるなど、医療の質を高めつつ、医療資源を有効活用する取組が進められている
4)2011 年厚労省「医療提供体制改革に関する意見」
 機能分化と専門医の仕組みの組み合わせは、2011年の「意見」でも展開される。11 年の意見は「より効率的で質の高い医療提供体制の構築」をめざし提言した。

ⅰ 実効性のある地域枠の設定、医師養成課程における診療科の誘導。第一線の現場で幅広く診ることのできる医師の確保、医療と介護をつなぐ総合的な診療を行う医師養成、専門医との役割分担。こうした課題への対応として、総合的な診療を行う医師や専門医の養成のあり方について、国において検討を行う必要がある。
ⅱ 都道府県は、医療圏ごと、診療科ごとの医師の需給状況を把握し、より必要性の高いところに医師を供給するなど、きめ細かい対応を。
ⅲ 病院・病床の機能の明確化・強化をめざし、一般病床について機能分化を進め、急性期医療への人的資源の集中化を図る。医療機関が自ら担う機能を選択し、その機能を国民・患者に明らかにしていく。

5)2015 年(現在)「地域医療構想」と「研修施設群」、非営利HD型法人制度
 以上を振り返ると、厚労省は医師偏在の解決をテーマに、医療(病床)機能分化と専門医制度の在り方を常に一体的に検討してきたことがわかる。
 そうした経緯が結実し、実行に移され始めたのが、今日の提供体制改革である。その中核である地域医療構想は先述の医療需要推計に基づく機能別必要病床数に、現実の病床を収斂する。
 そのための選択肢として、2015 年9月の医療法改正で導入が決まった「地域医療連携推進法人制度」(非営利ホールディングカンパニー型法人制)も準備された。「新専門医制度」において、都道府県も関与しながら設定される「研修施設群」は、基幹施設と連携施設の組み合わせで構成される。これは医療機関のグルーピングを伴う。基幹施設となる実力を備えた医療機関が、自らを中心とした非営利HD法人の結成へ凌ぎを削る展開も予見できる。
 また、成長戦略とのかかわりも見逃せない。産業競争力会議でメガ法人創設を主張していた松山幸弘氏が著書※8で書いている。「非営利大規模IHNの重要な使命の一つは、医療イノベーションに貢献することである」「医薬品・医療機器の研究開発に必要な臨床データを提供するのみでなく、承認されたばかりの医薬品・医療機器をどこよりも早く臨床に使うことを実践しつづけ、世界最先端の臨床研究開発に資する人材を世界中から集め、彼らの研究活動を支援しなければならない。そのために必要な財源を一般医療部門で稼ぐこと」が「最大の責務」。「地域医療連携推進法人に参加できる事業体に法人格がない公立病院も含まれる」という点について、厚生労働省と総務省が合意」したことで、大学附属病院、国公立病院が中心となり、「米国側の医療産業集積の圧倒的規模に追いつけなくとも、研究開発機能水準で対抗できる事業体」を創ることができる。
 つまり、大学病院を頂点とする地域医療連携推進法人が創設されたら、傘下にある加盟法人が一般診療で財源をつくり、それで大学が研究開発する。その仕組みができる。これを「新専門医制度」と重ねて考えるとどうなるか。世界最先端の医療の開発研究に直接役立つ医師を頂点としてヒエラルキが成立し、地域の医師は高度医療の研究の財源を稼ぐ存在になってしまうのである。
 さらに、医療需要推計から地域の必要医師数を割り出そうとの動きが既に表面化している。7月29日、地域医療構想を進める上での基礎的データベースをつくる「病床機能報告制度」(2014 年度から毎年実施)の見直しに向けた「地域医療構想策定ガイドライン等に関する検討会(座長:遠藤久夫・学習院大学経済学部教授)の席上、厚労省が報告項目に「医師数」を追加したいと提案した。結果的には見送りとなったが、医療需要推計から必要医師数を導き出すことなど、彼らには他愛もない作業だろう。

6)家庭医制度創設の系譜と医療界
 次に総合診療専門医が構想されてきた経過についても振り返っておく。
 総合診療専門医構想の原型は、かつての家庭医制度構想である。だとすれば、医療界の反対で何度も頓挫してきた構想が、今まさに構築されようとしていることになる。
 家庭医制度構想は1980 年代に遡る。
 1980年、厚生省臨床指導医留学制度が開始され、米国留学を終えた厚生技官が「家庭医に関する懇談会」を主導し、87 年4月に報告書をまとめ、家庭医制度創設を提案した。
 これに対し、日医は激しく反発し、「医療の分断化(専門医と家庭医の二層化)と官僚統制による医療費削減(人頭払い方式)を警戒する医師会の強硬な反対、家庭医という言葉自体が忌避」(『日本の医療制度と政策』島崎謙治著)されることとなった。
 しかし、当時語られていた家庭医機能は、今日の総合診療専門医とほぼ重なる。当時の日本医師会は、「従来から地域医療の担い手としての開業医像を主張し、病診連携による地域医療のシステム化を図り、家庭医サービスの充実に努めてきた。現在ある家庭医機能をより進展させることこそ肝要である」と述べていた。その姿勢に変化がみえている。
7)地域包括ケアシステムの中の開業医像
 地域包括ケアシステム研究会報告書(2010 年)は、2025 年の提供体制における「人材の役割分担」を次のように書いた。
・在宅での医療を看護職が担う(急変時対応や病状観察・看取り)
・介護職が基礎的な医療ケアを提供
・医師の役割は「訪問開始時の指示」と「急変時の対応」
 地域包括ケアシステムで求められる医師像は、必要最低限の医療、介護との調整というコーディネート機能である。これは、医学的判断に基づき必要な医療をすべて保険で提供する現在の開業医の姿とはほど遠い。総合診療専門医が求められているゲートキーパー、あるいはゲートオープナー機能と同根の発想である。
 地域包括ケアシステムの掛け声の下で、開業医を中心とした医師の存在意義自体が、書き変えられようとしていることと、「新専門医制度」が無関係であるとはもはや言えないのである。

4.医師像の変更-新たな医師キャリアパス
(1)これまでとまったく違う医師への道

 ここまで国にとって「新専門医制度」も医療制度改革の一環であり、医療費抑制の仕掛けの一つであることを解説してきた。次に、「新専門医制度」を通じ、従来とは違う医師がどのように生み出されるのか。それはどのような医師となることが予想されるかについて、述べてみたい。
 まず予想可能なのは、後期研修(専攻医研修)を終えた医師は全員が専門医であること。なおかつ4類型に分かれることである。
①総合診療専門医として、家庭医療クリニックを開業する
②総合診療専門医として、中小病院の総合診療科に勤務する
③それ以外の18 領域の専門医として、総合病院・大学病院の専門科医師となる
④それ以外の18 領域の専門医として、専門科クリニックを開業する。
 さらにこれを、診療報酬改定や財務省の議論に見られる「かかりつけ医」議論とあわせたら、一層深刻な事態が予見できるだろう。
 財務省が「かかりつけ医以外にかかった場合の定額負担の導入」を提案する等、国は相対的に窓口一部負担金を使って患者のファーストコンタクトを安価な家庭医療クリニック(総合診療専門医)に誘導しようと考えている。しかし、これは医師・患者双方の階層化を生む。「かかりつけ医」の診療報酬が「包括払い」になることも予想可能である。

(2)総合診療専門医の開業
 また、初期研修2年・後期研修3年を経た総合診療専門医は、病院医師にならない限りすぐに開業することになる。これは、今の医師キャリアからは決して一般的なものではない。臨床現場で専門を極めてから開業というのが、平均的な開業医の姿だからである。従来とは違う道程で開業した医師に求められているのは、トリアージ機能と介護・福祉サービスの利用まで視野に入れた、その場で完結する医療提供である。
(3)皆保険制度の解体に利用される
 医師像を変更しうる医師制度改革としての「新専門医制度」という視点を踏まえて、結局のところそれが国民皆保険を崩してしまうことになる理由を、今一度あらためて整理すると次のようになる。
1)専門科別の医師数コントロールを可能とする仕組みの導入
2)複数科にまたがって患者を診る総合診療専門医を養成し、開業医の絶対数を削減
3)さらに、一人の医師が診る患者数増やす=複数科の領域にまたがって患者を診る医師を養成し、必要医師数を切り詰める(=総合診療専門医)。
4) 地域の総合診療専門医が患者の受診コントロールを担い、「むだな」医療へのアクセスを防止
5)開業医を家庭医療クリニック、高度専門クリニックに分断
6)家庭医クリニックへの包括報酬導入で、「保険で良い医療」を目指す保険医運動も弱体化

(4) ポスト国民皆保険体制・保健医療2035
―新専門医が活躍する近未来の医療制度の姿

 「保健医療2035提言書」(2015 年6月9日)は、厚生労働大臣の諮問機関が発表した作文である。あまりにもラディカルに見える提案であるため、荒唐無稽とも評されかねない内容だが、「保健医療2035 推進本部」が設置され、あるいは経済・財政一体改革ではそれに沿った制度改革が論じられるなど、決して軽視できない状況にある。
 その内容はいわば国民皆保険の解体プランであり、実は現在の国民皆保険体制を解体した後の新たな制度像が示されているものとみることもできるだろう。
 保健医療2035 の描き出す近未来の医療制度では、国民皆保険体制における「全国統一給付保障」「必要充足原則」(「療養の給付」「フリーアクセス」)が、葬り去られている。

①全国統一給付の否定
 都道府県別の診療報酬。医療費適正化(抑制)計画の目標値を上回る都道府県の診療報酬の引き下げ。
②必要充足原則の否定
 医療の担い手の「差し換え」「総合的な診療を行うことができるかかりつけ医」を「すべての地域で」配置。かかりつけ医の診療報酬は包括払い」。
③フリーアクセス制限
 一部負担金が安くすむかかりつけ医と高くつく高度専門医というように、医師・患者を階層化する。
④公的医療保険の基本設計の変更
 公的医療保険からの給付は限定。それ以上の医療を受けたい人は、富裕層なら「金融サービス」、そうでない低所得者は「財政支援」を活用。
⑤国民皆保険制度の輸出
 医療の国際展開と称して国民皆保険制度を東南アジアなどへ輸出する。そのために医師の海外での研修を位置づける。

5.皆保険制度の再評価と開業医医療の復権
 専門医を従来の学会認定専門医から「公的」な認定資格を持つ専門医へ。それが今、医療界が自律的に「新専門医制度」をつくろうとしている動機である。しかし、それだけでは総合診療専門医なる新たな「専門医」を、19 番目の基本領域に位置付けなければならない理由はない。
 今日の開業医は、これまでの医師養成システムの下で、専門性を深めて地域で開業し、地域の人たちに寄り添い、共に生きて、医療を提供してきた。患者や地域にとって、今の開業医の何がだめで、総合診療専門医に置き換える必要があるというのか。実は、それ自体について、国も機構も何ら説明できていない。
 なぜ従来の医師とはまったく違う医育システムをつくり、これまでにない医師を生み出さねばならないのか。
 私たちは、「新専門医制度」のいう、質の確保が不要だと言っているわけではない。問題は大きく二つある。
①国の検討しているキャリアパスで本当に、専門性の高い・質の確保された医師を育てることができるのか。
②まして、国はこの仕組みを医療費抑制に用いようとしている。むしろ今必要なのは臨床研修制度全体の見直しではないか、と考える。提起したいのは、次の三つである。
・初期臨床研修のスーパーローテートをより重視する
・後期研修(専攻医研修)を国費で財源保障し、軍産官学から自由な仕組みで行う
・総合診療専門医をより高次なsubspecialty に位置づける

 結局のところ、「新専門医制度」は提供体制改革を完成させるための道具にされようとしている。
 医療保険給付に対する公費支出の抜本削減をめざし、医学的な必要性に基づき、必要な医療を必要なだけ保障してきた、地域の開業医・医療者の在り方を変える。また、地域偏在の問題や専門医資格の更新制度を使って保険医数の抑制もめざす。そのため、従来の専門医が果たしてきた役割も官僚的に制限される可能性が見て取れる。
 これを嚆矢にして、医学部教育、初期研修制度なども再編され、わが国の医師制度そのものが大きく変えられようとしているのが現在の局面である。
 つまり、国は医療制度改革を推進するのに都合がよい医師像への転換を志向しているのである。新しい専門医には成長産業たる日本式医療の開発・普及の役割を与え、国民皆保険下の医療は地域枠卒業の医師を振り向ける構想と言ったら言いすぎであろうか。
 そこで、開業医医療とは何か、開業医は地域でどのような役割を果たしてきたのか、そのことを明らかして、「開業医医療の復権」をはかることが、最大の課題であると考える。それを考えることは、イコール「開業医とは何か」「保険医とは何か」を考えることを意味する。加えて、開業医医療の復権には何が必要か、どんな課題があるのかも深めていかなくてはならない。
本稿は京都府保険医協会主催「第2回開業医フォーラム」
における講演を下敷として、加筆・修正を加えたものである
※1 新たな専門医の仕組みに関する地域説明会での千田彰一氏(徳島文理大学副学長)の説明から。
※2 新たな専門医の仕組みに関する地域説明会での小森貴氏(日本医師会常任理事)の説明から。
※3 平成14 年厚労省公示とは、「医業若しくは歯科医業又は病院若しくは診療所に関して広告することができる事項(平成14 年3月29日厚生労働省告示第158 号)」、「厚生労働大臣が定める研修体制、試験制度その他の事項に関する基準(平成14 年3月29 日厚生労働省告示第159 号)」。2007 年に薬剤師・看護師の広告も可能となり、医師56・歯科医師5・薬剤師1・看護師27 が「広告資格名」として認められるようになった。
※4 全文を一般社団法人日本専門医機構ホームページで閲覧可能。 http://www.japan-senmon-i.jp/document/program_01.pdf
※5 「専門医の在り方に関する検討会報告書」(13 年4月22 日)より抜粋
※6 『誰でも安心できる医療保障へ-皆保険50 年目の岐路』(二宮厚美・福祉国家構想研究会編・大月書店刊)を参照
※7 平成20 年度厚生労働科学研究費補助金・厚生労働科学特別研究事業
※8 『医療・介護改革の深層』(松山幸弘著・日本医療企画刊)

ページの先頭へ