医療安全対策部担当理事 宇田 憲司
その9 膝関節注射後の化膿性関節炎
(1) 2010年6月16日68歳女Aは、国立病院機構Y1病院にて整形外科医師Bから右膝関節部を10%ポビドンヨード液で消毒のうえ、ヒアルロン酸剤の関節内注射を受けた。今回は33回目の注射となる。翌17日に右膝の痛みと腫れが生じ、18日Y2整形外科医院Y2医師を受診し、レ線検査で著変なく、CRP値は3・8㎎/dL、白血球数1万1800個/μL、関節液は黄緑濁色で45mL、19日は黄濁色37mLの膿汁で、右化膿性関節炎と診断のうえY1病院B医師宛20日付け紹介状を作成し、Aは21日に午前9時過ぎ受診・入院した。CRP値は27・0で、B医師は抗生剤セファゾリンを点滴静注し、関節洗浄を開始した。午後2時30分頃体温38・3℃でジクロフェナク坐剤投与され解熱した。23日、右下肢全体が腫脹し、下腿前面後面に掌大の水泡が生じた。午前11時時点でCRP24・3、白血球数17200、血小板32000で、同日夕刻、関節洗浄が中止され、黄色ブドウ球菌が検出され感受性の高いイミペネム・シラスタリンに変更された。翌24日午前3時頃まで安定した全身状態であったが、4時過ぎに容態が急変し蘇生術を受け6時47分死亡確認された。病理解剖では、直接死因は多発性胃潰瘍による出血性ショックと診断され、肝硬変および肝細胞癌の発症が認められ、感染脾、DIC、副腎髄質炎を伴い、敗血症も疑われた。
そこで、遺族3人は、Aが糖尿病罹患・治療中(HbA1c5・9%)で、高齢者で易感染性があり通常よりも高い感染防止義務があるとし、Bが消毒部を指で触れ汚染したか、消毒部以外を穿刺したか、滅菌手袋をせず注射したなど医師の過失を根拠にY1病院とY2医院Y2医師には19日に化膿性関節炎が疑われたのに、抗生剤の点滴投与とY1病院への転医勧告を実施しなかったとして、Y1・Y2に4123万余円の賠償を求め提訴した。
裁判所は、B医師は、消毒した自分の母指で消毒した膝関節の穿刺予定部を触診して手袋をはめず注射したもので、Y1病院を含むそれと同程度の近隣5病院ではこの方法を用いており、糖尿病罹患により通常よりも高い感染防止義務は認められず、消毒しなかった部位を穿刺したとする証拠もないとして、B医師の過失を否定した。Y2医院には点滴静注用の抗生剤を置いておらず、Y2医師は化膿性関節炎と診断して直ちにY1病院B医師への連絡もあり、Y2の過失を否定し、請求は棄却された(長崎地裁佐世保支判 平成27・4・27)。
(2) 2日前に他院で定期のヒアルロン酸剤等の関節内投与を受け、右膝部痛が増悪し、2009年4月24日にY大学病院整形外科を受診した49歳女性X例では、黄色でやや混濁、白色沈殿物ある関節穿刺液が42mL採取され化膿性関節炎が疑われ、翌25日より、デブリドマン・持続洗浄法や抗生剤投与がなされ、5月1日再開され、MRSAが洗浄液から検出されクーペラシンおよびバンコマイシンの併用投与がなされた。Xは、医師が化膿性関節炎と誤診して適応のない手術実施、MRSA骨髄炎に感染させた過失、動脈血培養検査の不実施などの診療上の不手際と、無断で精神科病院への転院の決定や診療情報提供による個人情報保護違反などを根拠に、1億2000万円の損害賠償を求める本人訴訟を提起した。
裁判所は、病状および診療に関わる事実経過と適応判断に関わるY病院の主張を認め、Xの請求を棄却した(東京地判 平成27・3・5)。
注入時の感染防止には特に皮膚上で異物となる脂汚れ、垢(角化層剥離片)、埃などを酒精綿で十分に拭い去り、毛嚢内への酒精の浸透・消毒効果をも期待して、その後に、ポビドンヨード液などで消毒して注入するような工夫もあってよかろう。