裁判事例に学ぶ 感染症に関わる医療安全対策  PDF

医療安全対策部担当理事 宇田 憲司

その6 交通事故患者肩凝り注射感染症事件

 1974年9月30日、52歳女性Xは、交通事故に遭い同日Y外科医院に入院した。Y医師に頚椎捻挫、胸椎捻挫、腰椎捻挫と診断され、10月26日に退院し、翌日より通院した。12月20日右肩および右側腹部痛を覚え、Y医師から左右両肩(僧帽筋部)に局所注射を受けた。翌21日右側の注射部が直径1・5㎝大に発赤し、23日には右肩全体が腫れ出し、痛みが増加し、25日Y医院に入院して抗生剤の点滴治療、肩関節部の湿布処置がなされたが、27日午前3時に意識朦朧となり、9時脈拍薄弱・全身冷汗・吐き気を伴うショック状態で、午後4時横浜市大病院外科に救急転入院した。
 右肩蜂窩織炎(フレグモーネ)と診断され、翌75年1月6日ブドウ状球菌が検出され、右側背面にも拡大し、13日チアノーゼ・意識低下・血圧低下・自発呼吸困難などで気管切開のうえ29日までICU管理され、2月6日には大腸菌が検出され(二次感染)、敗血症と診断された。10日から3月24日にかけ、右肩から背中、右側腰部にかけての壊死筋肉の切除および切開排膿などがなされ、快方に向かい5月6日退院した。右肩関節は自動他動とも前挙70度、外挙50度、後挙30度など後遺障害が残った。
 そこでXは夫(後日死亡)・子2人とともに、1注射器の消毒の不十分、2注射液のアンプルカット時の消毒の不十分、3注射前の注射部位の消毒の不十分、4注射後の注射部位の消毒の不十分、のいずれかにより注射部位にブドウ状球菌を感染させた医師の過失を根拠に、3999万余円を請求して提訴した。
 Y医師は、注射器はシンメルブッシュ煮沸滅菌器を用いて消毒し、アンプルはカットで傷つけた部位を消毒用アルコールで消毒したうえ薬剤を注射器に採取し、注射部位をヨードチンキで消毒し消毒用アルコールで拭い取り、注射後はアルコール綿で押さえて止血させたもので、接種感染をさせていないと抗弁し、仮に注射部位から細菌感染したのであれば、空気中の落下細菌か、注射後に衣類、手指、浴槽の湯などが接して侵入したもので、医師の注意義務の範囲外であると主張した。
 裁判所は、本件細菌感染症が注射の直後から生じており、上記の1~4のいずれかに基づくと推認されるに難くなく、Yが上記の処置を実施したとする主張には、客観的証拠がないとしてしりぞけ、不十分な消毒により注射部に接種感染させた医師の過失を認め、Xらへの1121万余円の支払いをYに命じた(横浜地判 昭和59・2・23)。感染防止には、医療水準に適合する処置が必要である。
 既述事例を再掲する。
 心臓脚気28歳男性の右上腕にビタミンB1剤を皮下注射後に化膿し、1注射液の不良か、2注射器の消毒の不完全かの医師の過誤を認めた事例(札幌地判、幌高判 昭和29・12・9、最二小判 昭和32・5・10、本紙3010号・主張)や無痛分娩に脊髄硬膜外麻酔注射を受けて感染を来し、圧迫性脊髄炎から下肢麻痺、直腸膀胱障害を後遺し、1注射器具、施術者の手指、患者の注射部位等の消毒の不完全ないし消毒後の汚染、2注射薬つまり蒸留水や麻酔薬の不良ないし汚染、3空気中に散っているブドウ状球菌が注射の際たまたま附着、侵入、4患者自身が保菌していて抵抗力弱化時に注射部に血行散布などの伝染経路を検討して1を推認して医師の過失を認めた事例があり(高松高判 昭和38・4・15、最三小判 昭和39・7・28、本紙3012号:同連載その2)。

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