京都大学医学研究科環境衛生学分野教授 小泉 昭夫
廃炉作業過程での放射性物質の飛散事故
我々は2012年の夏以降、継続的な大気中粉塵の採取を連続的に行っていた。サンプラーは、南相馬市の金子さん宅、相馬市玉野地区のTさん宅と川内村コミュニティーセンターに設置させていただいた。驚いたことに、13年8月中旬には、金子さん宅のサンプラーで突如通常の30倍にも上る放射能を観測した。金子さん宅は、南相馬市の原町区にあり原発から20㎞以上北西に位置していた。またこの時期に一致して、原発から50㎞以上離れた相馬市玉野のサンプラーでも同様に強いシグナルを検出していた。この時期に一致し、福島第一原発では、撤去作業を実施しており、敷地内では放射性粉塵の飛散警報が出されていた。
我々は、13年11月にご協力いただいている川内村、南相馬市、相馬市玉野の住民の方々に、食事由来の放射能、空間線量、大気中粉塵に含まれる放射能について、各地域に説明を行った。その折に、8月19日の飛散についても資料をつけ報告した。また同時に、環境省にも報告し、さらなる研究が必要である旨訴えた。環境省の反応は冷たく、「余計な報告」と言わんばかりのけんもほろろな対応であった。
一方、福島県では、福島県産の農産物の風評被害をなくすため、農産物の放射能の測定を収穫後の秋から冬に行っていた。特にコメについては厳格に行われていた。この検査で、13年南相馬市小高区で生産されたコメから高い放射能が測定された。そこで、南相馬市の農家の方々の怒りは爆発。我々の資料を基に、8月19日に行われた撤去作業の際に放出された粉塵が飛散したものと考えられるため、調査してほしいと農林水産省に要望した。農林水産省は調査に乗り出し、撤去作業の際に放出された粉塵が飛散したものと結論付けた。しかし、原子力規制庁は、証拠不十分として取り合わず、工程の見直しをせず、隠ぺいを図った。そこで、怒った農家のお一人は、我々の資料を朝日新聞に持ち込んだ。14年7月には、大手新聞社とNHKのすべてが「廃炉作業過程での放射性物質の飛散事故」として取り上げ、大々的に報道されるに至った。
原発の廃炉作業に向けて今後種々の工事がなされ、原発敷地内部の粉塵が舞い上がり周辺地域に飛散することがあることを本事件は余すことなく示している。どうして、原子力規制庁は事実をうやむやにしようとしたのであろうか? 飛散防止に配慮した作業は、飛散防止剤の最適化と粉塵が飛ばないようにするための工程の二つが必要となり、費用もかさみ工期を遅らせることになる。そのため東電と規制庁の何としてでも避けたいという意図が推測される。しかし、住民の怒りは、規制庁と東電に対して安全な工法を義務付けることになった。2年程度工期は遅れる結果となったが、その後の飛散事故は起こらず福島産米の安全は確保されたといえる。規制庁はおおいに反省すべきである。