裁判事例に学ぶ 感染症に関わる医療安全対策  PDF

医療安全対策部担当理事 宇田 憲司

その2 硬膜外麻酔・ブロック感染事件

 成人女性Xは1959年10月27日の分娩にY産婦人科病院に入院し、無痛分娩のためY医師から脊髄硬膜外麻酔注射を受けた。分娩後に脊髄硬膜外膿瘍が生じ圧迫性脊髄炎から腰部疼痛、下肢麻痺、直腸膀胱障害を来し、11月7日整形外科病院に転医し、切開手術を3回受け、翌60年1月10日退院したが、下肢麻痺、直腸膀胱障害を後遺した。Yの過失を根拠に150万円の賠償を求め提訴した。
 第1審では、請求棄却され(高松地裁今治支判 昭和36・10・4)、控訴審では、伝染経路として、①注射器具、施術者の手指、患者の注射部位等の消毒の不完全ないし消毒後の汚染②注射薬つまり蒸留水や麻酔薬の不良ないし汚染③空気中に散っているブドウ状球菌が注射の際たまたま附着、侵入④患者自身が保菌していて抵抗力弱化時に注射部に血行散布された―などのうち、②~④を否定して①が推認され、59万余円の賠償が認められた(高松高判 昭和38・4・15)。
 上告審では、原審の判断が支持された(最三小判 昭和39・7・28)。
 76歳女性Wは、進行期の子宮癌に罹患し、1995年3月右腹部帯状疱疹後神経痛を発症し、Z労災病院麻酔科を4月26日に受診してK医師に1回法(ワンショット)で硬膜外ブロックを受けた。K医師は、同日刺入予定部を中心に背中の約2分の1の範囲をクロルグルクロン酸塩液にて2回消毒の上、刺入部を中心に直径約10㎝の円形の範囲を残して他の部分を滅菌布で覆い、刺入部に局所麻酔剤を注射し、硬膜外針を刺入し薬液を注入した。その後、Wは持続硬膜外ブロックの予定で5月2日にZ病院に転入院してきた。K医師は同日、清潔な使い捨てキットを用いて、滅菌手袋を装着して、クロルグルクロン酸塩液で入念に刺入部付近を消毒したうえ、第8乃至第9胸椎部を中心に局所麻酔のうえ、硬膜外針を刺入して留置用カテーテルを挿入して固定し、刺入部はゲル状のポピドンヨード消毒剤を塗ってガーゼ等でドレッシングし、携帯型注入ポンプに接続して薬液の注入を開始した。その後、K医師および病院勤務医師により、刺入部のガーゼ交換が毎日1~2回なされ、薬液の補充がなされた。K医師は、5月4日から3日間休暇の予定で、5月3日に2日分の薬液が入る大型ポンプへの変更を申し送り5日に当番医が交換したが診療録への記載なく、6日にT当番医が再度ポンプを交換した。Wは、同日左胸痛を訴え発熱した。T医師はカテーテルによる刺激痛と考え、1㎝ほど引き抜き鎮痛剤の注射をして鎮痛し、7日も同じ処置がなされた。同日午後8時にK医師が刺入部を点検し、化膿が認められカテーテルを抜去して抗生物質を投与した。カテーテル先端の細菌培養検査でMRSA(メチシリン耐性ブドウ球菌)が11日検出され、Wは、下肢の機能全廃、鼠蹊部以下の感覚脱失、排尿・排便障害を後遺した(後日死亡)。
 そこでWは、①1回法での硬膜外ブロック時②持続硬膜外注入時③携帯型ディスポーザブル注入ポンプ交換時―のいずれかの時点で、十分な感染防止措置を懈怠した医師の過失と説明義務違反を根拠に、Z病院に2000万円の賠償を求め提訴した。
 裁判所は、K医師は、一般的な神経ブロック治療の手技法に従い、感染防止に十分配慮した方法で治療し、他の医師による経過の観察やガーゼの交換等の感染防止処置がなされており、当時の医療水準に照らし感染防止のため必要かつ相当な措置であったと認め、ポンプ交換が感染防止上で不適切になされた証拠はないとして医師の過失を否定し請求棄却した(岡山地判 平成12・10・25、確定)。
 感染防止には、医療水準に適合する処置を要する。

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