国民の要求と運動が原動力 政権交代を通して学んだこと
2009年の民主党政権誕生は、私たち自らが政権を変え、政治を変えようとした貴重な経験である。残念ながら、最終的に構造改革路線に転換し、退場した民主党に対する国民の失望は大きく、「どうせ政治は変えられない」との思いを助長させた面もある。しかし、少なくともその政権の初期において、民主党は国民の期待の声に応えようと子育て、教育、医療の充実を目指し、いわゆるムダな公共事業に切り込んだのも事実である。5月13日に開催したフォーラム「政治は変えられる」を通して、私たちが目指す新しい福祉国家構想を展望し、民主党政権は「何ができなかったか」ではなく、「何ができたのか」という視点から再評価し、それがなぜ「失敗」と言われる結末に至ったかについて検討を行った。参加者は68人。
経済成長維持という幻想を捨て 普遍主義に基づく新しい社会を
まず、慶應義塾大学経済学部教授の井手英策氏が「脱グローバリズムの潮流と課題—新しいルールを求めて」と題し講演した。井手氏は、日本は貯蓄がなければ生きていけない自己責任社会として経済成長を続けてきたが、1997年からの非正規雇用比率の増大とともに貯蓄率が低下の一途をたどっていると報告。中間層の没落が明確に進んでおり、自己責任社会はもはや機能不全に陥っている。成長に頼らない国家モデルが必要だと訴えた。そしてもう一つ、日本が「分断社会」であると強調。所得格差や世代間などさまざまな分断線があるが、日本は価値観の共有できない人間の集合体=群れになりつつあると警鐘を鳴らした。
これまで社会保障のサービスは、特に社会的弱者と言われる人たちへ重点的に振り分けられてきた。しかし、それでは税金を負担する富裕層、中間層に痛税感しか与えない。普遍主義に基づきすべての人を対象とした、国による生存権保障として、暮らしの保障を現物給付の「サービス」で提供する。その財源を消費税だけに求めるのではなく、税制の見直しも必要だと考えるが、低所得者であっても負担してもらう。たとえ納税の負担はあっても、サービスとして暮らしが保障されれば痛税感を薄め、また、納税しても受益者とならないという中間層以上の不満も解消することができると述べた。
こうしたサービスを強化することで結果、格差を縮小し、格差是正が経済の成長を促し、そして財源の確保から再建につながると述べた。
井手氏は、今までの日本では、未来の不安から解き放たれることを目標に、勤労の場が必要であり、貯蓄が必要であった。だからこそ、成長が目的とされていた。しかし、今現在、継続した成長を維持することが困難であることは明白。であるならば、成長ではなく、分配に力を注ぐべきだ。この分配は弱者の救済や格差の是正に限るのではなく、すべての人を対象とすることで、新しい循環を生み出すことにつながる。全員でサービスを享受し、痛みを分かち合うという財政の基本に立ち戻ることが必要だと述べた。
国民の声が運動に 政権交代のかなめ
次に、弁護士で全国生活保護裁判連絡会事務局長の竹下義樹氏が「民主党政権時代、その前後」と題して報告。民主党政権が障害者自立支援法の廃止を宣言し、当事者も含め障害者福祉制度の本来の在り方について議論を重ね、基本法が改定された。障害者総合支援法は結果的には看板の掛け替えで終わったと考えるが、国が制定した法律をわずか3〜4年後に大きく変える議論が行えたのは、政権交代があったからこそ。現在も続く障害者差別禁止法制定に向けた議論など、障害者運動に大きな変化をもたらしたとした。
反貧困運動では、生活保護の老齢加算は復活しなかったが、母子加算は復活した。これは、人に焦点をあてた民主党の動きがあったからだとした。子ども手当の議論では、低所得者に限った対策とせず、所得制限を設けるべきでないと竹下氏も加わった検討チームで提言。批判を浴びたが、一時的でも普遍主義の政策が実現したことに大きな意義があるとした。
協会事務局からの「政権交代から私たちは何を学ぶべきか」と題した聞き取りレポートでは、経験不足から起こる政権運営への批判が多かったことを述べた上で、政権交代は大いに起こるべきで、政権交代を繰り返し経験し、国民・政党・行政が学んでいく必要があると報告した。そして何より民主党政権を誕生させたのは運動の力であることを強調。それまでの格差・貧困問題、後期高齢者医療制度廃止や応益負担反対運動など、国民の怒りの声が政権交代の原動力だったとした。
その後、民進党参議院議員で元内閣官房副長官の福山哲郎氏が「民主党政権は何ができたのか?」と題した報告を行った。福山氏は、民主党政権を振り返り、理念の浸透が党内外ともに中途半端だったこと、官僚組織との信頼関係が不足していたことや、実現すべき政策の優先順位が曖昧で経験不足だったことを反省点として挙げた。しかし、一方でスローガンの「コンクリートから人へ」の通り、人を包摂する社会を目指したことを解説。マニフェストで掲げた人への保障もさることながら、最少不幸社会の実現に向け、実態を明らかにするための「よりそいホットライン」を設置。セーフティネットの強化を含めた社会的包摂政策を戦略的に推進することを目的として特命チームを設置したことなどを報告した。
新福祉国家目指し政治の転換を
最後に、協会の渡邉賢治副理事長が「私たちの反省—『あの時』を踏まえて、これからのこと」と題して発言。民主党が政権交代を打ち出した09年衆院選マニフェストでは、「構造改革」政治で痛めつけられ、破綻しかけている社会を建て直さねばならないと、わかりやすい言葉で語り、共感を広げる役割を果たした。そして、このマニフェストの言葉を生んだ本当の主役は、貧困と格差を広げた「構造改革」政治の転換を心から願った国民と、その要求の実現に向けて頑張った医療、福祉、雇用労働、平和など、幅広い分野の運動の存在だったと指摘。国民の声と運動の圧力、これに押し上げられて民主党は、「構造改革」の見直しともいえる政策を掲げるに至ったのではないか。これはまさに、私たちが政治を変えた瞬間だと述べた。
この政権交代で私たちが学んだことは、政治は変えることができるということに確信を持ったこと、そして「政治を変える」ことと「政権交代」は、同じではないということをあらためて自覚したことだ。私たちは、社会保障憲章、社会保障基本法を実現できる社会を、「新しい福祉国家」を目指す運動を通じて具体化していこうと考えているが、どのようなビジョンも政策も、実現するためには、政治を変える必要がある。その政治の転換を現実のものにするのは、国民の政治転換に対する強い要求と期待である。その国民の要求と期待を目に見える形にして、政治への圧力にするのは、私たち国民の運動であり、保険医協会の運動もその一翼を担っていくつもりだ。このフォーラムを通して、もう一度政治を私たち国民の手に取り戻し、政治を変え、国を変えていくことができると確信したと力強く宣言した。