住民同士の支えあい狙う「我が事・丸ごと」スローガン 心配されるのは公的責任後退・サービス縮小  PDF

国会上程された介護保険法等改正案の意図を読み解くのに、「地域共生社会」は重要なキーワードである。
改正法案の説明スライドは、「③地域共生社会の実現に向けた取組みの推進」と題して、「我が事・丸ごと」の地域福祉推進の理念を規定し、その実現に向けた市町村の包括的な支援体制をつくり、地域福祉計画を策定すること。さらにその理念を具現化する新サービスとして、「共生型サービス事業」の創設を盛り込んだ。これは「障害福祉サービス事業所等であれば、介護保険事業所の指定も受けやすくする特例を設ける(逆も同じ)」ことで、高齢者と障害児者が同一事業所でサービスを受けやすくするためと説明されている。
「地域共生社会」や「我が事・丸ごと」と、当然のように書かれているが、これは一体何なのか。
厚生労働省は2016年7月15日、「我が事・丸ごと」地域共生社会実現本部を設置。17年2月7日に「『地域共生社会』の実現に向けて(当面の改革工程)」をとりまとめた。「工程」発表にあたってのプレスリリースでは「今後、厚生労働省は地域共生社会の実現を基本コンセプトとして、本年の介護保険制度の見直し、18年度の介護・障害福祉の報酬改定、さらには、18年度に予定される生活困窮者自立支援制度の見直しなどの機会をとらえ、具体的な改革を行」うと述べられている※1。
「工程」を読むと、おぼろげに国が考えていることが見えてくる。
「地域共生社会」とは、今回の改正法案の題名に冠された従来の「地域包括ケアシステム」の概念が、高齢者を対象としていたのに対し、その基本的な考え方を全世代対象の医療・全福祉種別に拡大する。
「工程」は「地域共生社会」を、「制度・分野ごとの『縦割り』や、『支え手』『受け手』という関係を超えて、地域住民や地域の多様な主体が、『我が事』として参画し、人と人、人と資源が世代や分野を超えて『丸ごと』つながることで、住民一人ひとりの暮らしと生きがい、地域をともに創っていく社会」、と定義する。
「工程」が述べる「地域共生社会」の実現が求められる背景は、おおよそ次のようなことだ。かつては地域の相互扶助や家族の助け合いが、子育てや介護などの支援を担っていた。だが、とりわけ高度経済成長以降の社会の変化によって「地域や家庭が果たしてきた役割の一部を代替する必要性が高まってきた」。そこで「公的な支援制度」ができた。
だが、「公的な支援制度」は縦割りであり、例えば介護と育児に同時に直面する世帯(ダブルケア)等、福祉分野・保健医療・就労にまたがって支援を必要とする人が増えた。
そこで、今後の「公的支援」の在り方を「縦割り」から「丸ごと」へ転換する。
さらに、「制度が対象としないような身近な生活問題」(例えば、電球の交換や買い物、通院のための移動)や「制度の狭間」(例えば、軽度認知症や精神障害を抱えていても受給要件を満たさない場合)へ対応すべく「他人事」から「我が事」へ「地域において、住民がつながり支えあう取組を育んでいく」。
美しいことが書いてあるが、本当に正しいのだろうか。ここに書かれているところの「公的な支援制度」という言葉一つとっても、なぜ、「社会保障」と呼ばないのか。またそれが社会保障を指すのだとしたとき、それは家族や地域の「代替」なのだろうか。
確かに、現状の社会福祉制度の手が届かないニーズは存在するだろう。制度があらかじめ決めた枠内に収まりきらないがゆえにサービスの受けられない人たちは存在するだろう。だが、そうした人たちが福祉の対象者ではないという決めつけは間違いである。そうした人たちに対し、同じ地域に暮らす人たちが心配して、「支援」することは有り得るし、ぜひそうした関係性は築きたい。しかし、だからといってそうしたニーズの受け皿が本来的に「地域住民」だと決めつけることは間違いである。
つまり真実は、家族や地域が貧しい社会保障を「代替」してきたのであり、求められているのは、国・地方自治体の公的責任の強化なのである。したがって「工程」に書かれていることは完全に逆転した議論だ。繰り返すが、高齢、障害、貧困等、様々な地域の困難課題を前にして、NPO法人や住民が主体的に支援を担うことは素晴らしいことだ。だが、それを国や自治体が「組織化」し、社会保障を果たすべき国・自治体の責任が、免責されることは有り得ないし、あってはならないのである。
今回の介護保険法等改正法案の対象は介護保険法のみならず、社会福祉法・健康保険法・児童福祉法・医療法・障害者総合支援法・地域保健法・生活保護法等、多岐にわたる。そのうち社会福祉法改正法案には第4条(地域福祉の推進)に、「地域住民等」が地域課題を把握し、「関係機関」との連携によりその「解決を図る」ことを「留意」する項目の追加が提案されている。そんなことを法定することに違和感を覚えないだろうか。
16年の「骨太方針」第6章「成長と分配の好循環の実現」に、「地域共生社会の実現」はすでに登場していた。同時に公表された「ニッポン一億総活躍プラン」にも「4.『介護離職ゼロ』に向けた取組の方向」として、それが書かれている。経済・財政一体改革を進め、医療・福祉への公的支出を抑制し、あわよくば産業化し経済成長に役立てる国家方針に沿って、「地域共生社会」は叫ばれているのである。
今法案には、「保険者機能強化策」として、市町村が国からのデータ提供を受け、地域課題を分析。それに基づく効果的な介護予防策(地域支援事業・総合事業)を展開し、その結果、要介護状態が改善した保険者に対しては、財政的なインセンティブを与える仕組みが提案された。「一定以上所得者に対する利用料3割負担導入」も提案され、年金収入年額340万円以上の方の利用料を3割化するという。
また、当初は法案に盛り込む予定で先送りされたものに「軽度者の生活援助の原則自己負担化」や「福祉用具の原則自己負担化」、要介護1・2と判定された人への通所介護の給付除外がある。これらも次回以降の改正法案に反映されることは間違いない。
こうした負担増や給付縮小を進めれば進めるほど、「工程」がいうところの福祉サービスが届かない生活問題の範囲は拡大し、「制度の狭間」は深く、広くなる。それらをすべて「地域共生社会」で受け止めよとするこの流れを止めなければ、患者さんや住民の生命と健康を守ることはできない。
※1全文参照は
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000150534.html

地域包括ケアの深化・地域共生社会の現実
(2016年7月15日・厚生労働省)より

ページの先頭へ