裁判事例からの考察⑤  PDF

ストーカー患者に誤解された診療義務・応召義務違反

 40歳男Xは、2002年10月歯科のY医院を受診し、歯科医師の41歳女Yから治療を受けた。
 Xは受療の経過中に一方的にYに好意を抱き、03年4月頃、その気持ちを吐露して交際を求めるY宛て第1信の手紙を従業員を通じてYに渡した。同年11月初旬頃、9月5日の診療予約の無断キャンセルを詫び、交際を求める第2信の手紙を従業員からYに渡した。
 同年11月14日XはY医院を受診し、治療中Yに手紙の返事を求め、Yは交際のつもりなど全くない旨を告げて治療を続けようとしたところ、Xは「返事を待っていたのに、1年間ひとの気持を弄んだのか。私の心の傷はどうなるのか」などと執拗にYを非難し、また、他の患者がいるにもかかわらず、二人に個人的な交際があるかのような発言をした。困り果てたYは、「そういうことを言い続けて治療を受けないなら出て行って下さい」などと言うと、Xは文句を言いながら退出し、受付で同月28日の診療を予約した。
 同月17日、Yは警察署に行きXへの対応を相談した。同日午後、Xが、Y医院に来て、Y宛ての第3信の手紙を従業員に渡そうとして受取拒否され受付に差し置いた。手紙には、同月14日の言動を謝罪し交際を求めて、「病院外で会うのが無理ならば、月に一度位、私が病院に治療・検診に行くのはどうでしょうか? 3カ月に一度検診する形を、月に一度のペースで、何か検診内容をプラスアルファしてもらって、プログラムを組んでもらえませんか?」「検診プログラムの件、お願いしますね…患者さんの治療の要求に対し医師は応じる法的義務があり、断ったら医師法の応召義務違反で告発しますね(笑)…冗談です」とも記載されていた。
 Yは、同月28日の予約には、夫歯科医師の診療所の勤務医34歳男Aを呼び診療を依頼し、来院したXに、Yは「今日、銀歯をかぶせれば治療は終わりです。今日はA先生に担当してもらいます」と告げ、Aが治療を始めようとした。しかし、Xは、Y自身による治療を強く求めた。YはA医師を適任と考え、それが不服ならば出て行ってもらいたいと告げ、口論となり、Xはついに腹を立て自ら退出した。Xは、その後も電話予約を取ろうとし、05年3月1日はY医院を訪れ診療を求めたが、Yの応諾はなかった。
 Xは、Yの診療拒否により患部が悪化して肉体的・精神的苦痛を負ったとして、3000万円の慰謝料を求め提訴した。
 裁判所は、05年11月28日、YにはAを担当させXを治療する準備があり、Xが診療と関係のない問題を持ち出しYと口論して自ら退出したもので、診療拒否とはいえず、それ以降は、外形的に診療拒否に当たるが、Xが治療と関係のない問題を持ち出し、居合わせる他の患者にも誤解を招くもので、診療拒否には正当な理由があったとして、Xの請求を棄却した(東京地判平成17・5・23)。
 自己都合で誤解された診療義務・応召義務違反の事例である。
 (医療安全対策部会 宇田憲司)

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