問われる診療時の医療水準
28歳女Xは、予定日を2日経過した1977年10月23日午前2時半頃、睡眠中に性器からお湯のようなものが流れ出て目が覚め、3時ころ分娩予約の国立Y1病院に架電し、対応したK助産師に入院を指示され、歩行して入院した。
当て物の脱脂綿部には、ピンク色の10×7㎝の羊水の漏出があった。陣痛の発来なく、血圧126/90、児心音12・12・12(回/5秒)と正常で、Kは前期破水と診断して当直室で就寝の産科医師Y2に電話で報告して、ビスタマイシン1gの筋注を指示された。3時40分、交代したS助産師がXを診察して格別の異常なく、5時には睡眠中で、6時の検温時には羊水漏出極少で混濁はなかった。7時ころお湯のようなものが多量に流出したと感じてナースコールして、駆け付けたSは流出が止まったことを確認して、分娩の進行による血性分泌物の増量と判断してXを分娩待機室に移した。Xは同室のトイレに行き流出物が血液でかなり大量であったことをSに告げた。Sはトイレの汚物入れに捨てられた脱脂綿を確認せず、下着に付着した鮮血を確認し、胎盤早期剥離等をも疑ったが、出血は持続的でなく、粘稠性の正常な血性分泌と観て、児心音が12・12・13と正常で、羊水の混じった血性分泌物と判断した。Xは朝食をほぼ全量摂取した。8時、Kは腹部触診で腹緊なく、当て物の脱脂綿には出血は3×7~8㎝で、児心音が12・12・12と正常であった。9時、Y2医師は未だ明瞭な陣痛なく、羊水と血性分泌物が出ているが格別の異常ないと報告を受け、産道や子宮口の観察に内診を行うこととし、9時20分局部に暗赤色のおりものを確認し、前置胎盤を疑った。内診では、児頭は正常位置にあったが、子宮口は3㎝とあまり開いておらず児口唇厚硬で分娩開始前と同じ状態で、胎盤は触れなかった。新たに暗赤色の出血がおこり(膿盆計測で150㏄)、早期胎盤剥離または周縁洞出血を疑い、児心音は9・10・9でやや微弱で、帝王切開手術が決断され、酸素投与の上、10時15分麻酔、37分腹式深部帝王切開術、43分胎児娩出したが、死産(男、3560g)であった。胎盤は3分の2が剥離していた。
そこで、Xは夫と共に、Xの入院後6時間助産師に処置を委ねて自ら診察せず放置して手術時期が遅れて死産となったY2医師の過失を根拠にY1・Y2に慰謝料等2000万円を求め提訴した。
裁判所は、産科管理について専門教育を受け所定の資格を有する助産師の診療看護に委ね、異常の報告に医師が対応することは違法ではなく、また、前期破水だけでは異常分娩ないし異常所見と取り扱われておらず、医療水準にもとらないとして、医師の過失を否定した(東京地判 昭和56・10・27)。
控訴審では、7時ころの流出時にXがトイレの汚物入れに捨てたとの脱脂綿をS助産師が確認せず通常の「おしるし」と誤認した過失を認め、慰謝料等900万円の支払いをY1病院(国)に命じた(東京高判昭和58・10・27)。
診療「拒否」を含め、診療の不実施の場面のみならず、緊急時を含め診療の経過においては、診療の「本体」となる専門科医師(助産師等含む)の「適正な診療」義務が課題となる。
(医療安全対策部会 宇田憲司)