「ICTを最大限活用して、審査支払機関の業務をゼロベースで見直し、審査業務を効率化するとともに、審査基準の統一を図る」。規制改革会議の提案を受け、厚労省がレセプト審査の抜本的改革に着手した。すでに有識者検討会を4回開催、現在は非公開のワーキンググループ(WG)が検討中。年末をめどに報告書をまとめる予定だ。小泉構造改革以降、審査のあり方を変えるための揺さぶりがつど実施されてきたが、今回の検討は韓国の審査制度にならい根本的な改革を促すものだ。その狙いは都道府県ごとの医療費の「適正化」にある。
規制改革会議から改革要望
今年2月29日、規制改革会議健康・医療WGは「診療報酬の審査の効率化と統一性の確保について(論点整理)」をまとめ、厚労省に対して、2020年の支払基金の審査システムの刷新に間に合うよう検討組織の設置を要請していた。
「論点整理」は、改革の基本的方向性として「審査のあり方をゼロベースで見直す」ことを打ち出し、8点(現在は9点)の具体的な検討項目を示した。
このうち、重要なのは以下の5点である。
(1)医師の関与の下で全国統一的かつ明確な判断基準を策定する(2)(1)の判断基準に基づく高精度のコンピューターチェックを行い、医学的判断を要する審査対象を明確化する(3)医師による審査における医学的判断を集約し、継続的にコンピューターチェックに反映する仕組みを構築する(4)医師による審査および合議のオンライン化や、審査結果等のデータ蓄積を自動化し、統計的な分析結果の参照や過去事例の検索や人工知能の活用などにより、医学的判断を要する審査手続きを効率化、高度化する㈭社保・国保のレセプト情報の共有化および点検条件の統一化を図る—。
つまり、告示・通知・疑義解釈、薬剤の効能効果・用法・禁忌などにとどまらず、審査委員(医師)の医学的判断による審査も全国統一的な審査基準としてチェックシステム化して審査を「効率化」することを打ち出している。
また、これら審査のあり方の見直しに呼応して、審査支払機関の事務職員による点検事務等の要否の検討、民間委託など、組織・体制のあり方も検討対象となり、審査委員、担当職員を減らしコスト削減を狙う。
なお、以上の検討項目は6月2日に閣議決定した規制改革実施計画にも盛り込まれている。
人工知能や韓国のICT審査に精通した委員を集めた検討会
これを受けて、厚労省は4月25日、「データヘルス時代の質の高い医療の実現に向けた有識者検討会」を設置、7月8日の第4回会合で「意見の整理」を公表している。議論の中身は「保険者機能強化と医療の質の向上」と「審査の効率化・統一化の推進と組織体制」の二本に集約されるが、議事録を読む限り、議論の中心となっているのは後者である。
第4回検討会では、元会計検査院・官房審議官で医療費の検査を担当していた委員から、基金・国保の共同受付・共同審査、点検条件の統一、条件の開示による医療機関の自主点検推進、医療・介護・柔整のマッチング点検、縦覧点検・突合点検の手法統一化という当面の改革に関する具体的な提案が出された。
一方、支払基金は6月27日、自己組織の改革に関する提言を発表。ICTの活用と審査の段階化により、8割+αをコンピューターチェックで完結する方向を打ち出した。
また、支部間格差事例は統計分析等で一定の巾に収斂させ統一的な審査判断基準を策定、全国共通のコンピューターチェックに反映させて支部間格差を解消。これらに伴い、従来の地域単位で審査委員会が果たしてきた機能は存続するものの、審査担当事務職員は全国数カ所に限定、各地域の事務局は必要最低限のリエゾンオフィス(事務連絡所)に機能を限定する案を示すに至っている。
9月現在、審査のあり方の検討は、厚労省内の有識者検討会の「審査・支払効率化WG」にて続けられているが、その内容は非公開である。
日本の審査制度への揺さぶりと韓国の審査制度
2000年代以降、審査のあり方に対して、さまざまな揺さぶりがかけられてきた。
オンライン請求の義務化(結果的にほぼ100%電子請求が普及)とレセプトデータを活用した縦覧点検・横覧点検・突合点検の実施。基金・国保の統合問題。保険者による直接審査を可能とするための法的整備、などだ。
今回の審査のあり方の見直しは、オンライン請求の義務化の時と同様に、審査のあり方を韓国のHIRA(審査評価院)を手本にして抜本的に改革しようとするものと見える。
HIRAは日本の審査支払機関と異なり、社保・国保・高齢者のレセプトを一元的に審査している。また、100%近くオンライン請求されたレセプトを5段階でコンピューターチェックした上、審査職員(非医師)が審査し、なお疑義が残る事例のみ医師が審査する。審査ルールは追加・改定されると同時に公表され、医療機関の自主点検ソフトにも組み込まれる。
だが、HIRAが行う業務はそれだけではない。各医療機関ごとに21のカテゴリーによる「医療品質評価制度」が実施されている。例えば、入院では胃がん手術結果、帝王切開の回数、外来では抗生物質の処方率、投与日あたりの薬剤費など。これらの医療機関ごとの情報は公開され、国民はスマートフォンのアプリで検索することができる。また、審査員による画面審査に回されて怪しいと指摘された医療機関は韓国の保健福祉部のホームページで3カ月間公表される。これを避けるため、各医療機関はレセプト提出前の自主点検に必死になり、抑制気味になる。
また、医薬品流通情報管理システムが導入され、医薬品の生産、供給、使用内訳の情報が全て集約された上で、電子処方せんの発行内容は24時間監視されている。重複処方等は調剤前にチェックされる。
まさに、あらゆる方法でICTを利用した医療費抑制策が実施されている。
一方で見ておく必要があるのは、有識者検討会の中に、支払基金の機能を強化してHIRAの役割を担ってもらいたいという議論が全くないことだ。つまり、都道府県ごとの保険者機能強化策として期待されていることを注視すべきだ。
医師による審査、民主的審査の破壊を強く危惧する
以上の状況から問題点を探りたい。
(1)審査委員会のあり方を改変し、医師による審査を縮小して良いのか
支払基金法第16条第2項は「審査委員は、診療担当代表者、保険者代表者および学識経験者のうちから、それぞれ同数を幹事長(支部長)が委嘱する」と定めており、医師による医学的・民主的な審査を法的に担保している。
しかし、規制改革会議、厚労省有識者検討会の議論では、医師による医学的判断基準を継続的にコンピューターチェックに組み込み、医師である審査委員が審査する事例を減らしていくことを打ち出している。「医師による審査と再審査」をどうするか具体的な議論は進められていないが、改変、縮小を狙っていることは明らかである。
現在、基金・国保の両審査委員の業務は日常診療を犠牲にするほどに多忙であり、(不当疑義解釈の取扱いは別にして)告示・通知・疑義解釈、薬剤の効能効果・用法・禁忌などのチェックにICTを活用することは望ましい。しかし、医師の医学的判断基準を一律にチェックプログラムに組み込み、医師が審査する事例を限定していくことは、オーダーメイドな医療提供を阻害する要因になる。
また、審査委員会の三者構成を崩壊させ、民主的な審査の破壊につながる。
(2)韓国HIRAをモデルとした医療機関の質の評価を持ち込んで良いのか
これについて、厚労省有識者検討会では「保険者機能強化と医療の質の向上」の検討の中で明確に打ち出している。「医療機関のミシュランガイドみたいなもの」とも説明されている。
レセプト「傷病名」欄に主病を明記する記載方法が導入されて、すでに14年が経過している。厚労省が保有する「レセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB)」を活用すれば、医療機関ごとの外来における主傷病ごとの薬剤使用状況等、さまざまなデータを導きだすことは可能だろう。
後は医療界がこれを許すのか、誰が実施者になるか、だけの問題だ。保険者機能強化策としてのデータヘルス事業の中で、都道府県の保険者協議会が担う可能性もある。
同一標榜科であっても比較的重症者が集まる医療機関もあり、医療機関の治療傾向は集まる患者の傾向により千差万別だ。「品質評価項目」で評価される項目が患者にとって本当に医療の質を担保するのか。平均値より数値が外れるから質が悪いと評価するのは間違っている。これを一律に「適正化」すれば、各地域、各医療機関の特徴を殺すことになる。
(3)コンピューターチェックの偏重は医療費「適正化」の切り札となる
医療費適正化計画は2018年度から第3期に突入する。入院医療費は病床機能のコントロールにより、外来医療費は第一段階として特定健診・特定保健指導実施率の全国目標の達成、後発医薬品の使用割合の全国目標が達成された場合の医療費縮減額を反映し、第二段階として「なお残る一人当たり医療費の地域差について、都道府県において、保険者等と連携しつつ地域差の縮減を目指す」としている。都道府県は、地域の医療費の管理・削減に責任を負うことになっているのである。
審査のあり方の抜本的見直しは、この流れの中にある。大部分をコンピューター審査とし、医師による審査委員会審査を排除できれば、この作業は極めて容易なものになる。
これが狙われているのではないか。
審査制度が審査委員会審査を排除するような形に抜本的に改変された時、果たして我々の望む「保険で良い医療」の提供が担保できるのか。大きな危惧を抱いている。
現行の審査委員会を守ることが、すなわち我々の保険診療を守ることであると認識した上で、検討の動向を注視していきたい。